第2話 フラグなんて、立てるんじゃなかった。
土蔵や白い漆喰の壁、黒ずんだ木造建築など歴史的な建造物がコンビニやマンションと混ざって立ち並ぶ道を抜けると、潮の香りが鼻孔をくすぐる。
海の近く独特の潮の匂いがする風に、砂粒がわずかに混じっているのを感じた。
ここ汐音市は、日本海を臨む位置にある人口十万人程度の中規模都市だ。遥か昔は漁村として、次は貿易港として栄え、内地の交通の主流が海上から陸路へと移った現在は都心部へのベッドタウンとレジャースポーツの町と化した。
それ以外にも工業が栄え、現在は中島工業という大会社がこの町の財政牽引役となっている。
丘に建てられた高校までの道を登りはじめると急に視界が開け、潮の香りが一層強くなる。汐音高校の周りには高い建物がないため濃紺の海を一望できた。
青いブレザーにチェック柄のズボンの男子、同じ柄のスカート・ブレザーが女子の制服だ。
軽い挨拶からおしゃべりまでが混ざり合ういつもの登校風景に、少しだけいつもと違う話題が混じる。
「聞いた? あの話」
「今日ドイツから留学生が来るらしいよ? しかも女子」
「こんな地方都市にわざわざ……」
「自虐ネタは悲しいからやめといてよ……」
ドイツから留学生か。女子同士だし、そういう話には興味津々なのだろう。
でもいいか、僕には関係ない。
可愛い子だったらいいな、とは思うけれど。
転校してきたら別のクラスで、そのクラスメイトにちやほやされて、数か月僕とかかわりのないところで青春を謳歌した後に僕とあいさつもしないで母国に帰る。
まあそんなところだろう。
ラノベみたいに僕のクラスに転入してくるわけがない。そんな偶然はありえない。
ラノベみたいに僕の家にホームステイするわけがない。それならとっくの昔に連絡が来ているはずだ。
都合のいい妄想はやめるべきだ。
男子である僕は彼女たちより歩幅が大きく、自然に歩いているだけで彼女たちを追い越していく。
道行く汐音高校生徒も、留学生にばかり関心があるわけではなく話題は自然ともう一つの方へと移っていく。
「そういえば今年も『聖演武祭』近づいてきたな」
「お前出るのか?」
「そりゃ、出てみたいとは思うけどよ。あの大会に出場するにはよ……」
彼らの会話で、毎年秋に開かれる一大イベントとのことを思い出す。
今年も「聖演武祭」の時期か。
一度くらいは出場してみたい。あの大舞台で、思いっきり磨きぬいた剣を振るってみたい。
でも、僕に出場資格はない。
色々と複雑な思いを抱えながら、僕は彼らを通り過ぎて校門へと向かった。
自分のクラス、二年三組にたどり着くとすでにクラスの雰囲気は浮かれていた。
浮かれているというか、浮ついていた。
誰もが一か月後に迫った聖演武祭と、ドイツからくるとかいう転校生のことに興味津々だった。
僕はどうしてもこういう集団で一つになっている状況が苦手で、体育祭も文化祭も楽しめない。熱くなっている同級生に適当にあいさつをして、自分の席に着いた。
僕の席は窓側で、首を横に向ければ海が一望できる。
登校中より少し風が強くなってきたのか、群青色の海に白の波立った白が混じっていた。
そのまま海を眺めていると、担任がホームルームをはじめ、連絡事項をいくつか述べていく。
ここ汐音高校は進学メインの高校であり、地元に中島工業という大企業を抱えることもあって理工系へ進む生徒も多い。
高校二年の二学期ともなれば受験に向けて気持ちを少しずつ切り替える時期だ。部活をやっていない生徒は早々と塾を決めていく。
といっても今まで短いながらも青春を謳歌していた人間が気持ちを切り替えるにはきっかけが必要らしい。運動部が大会後に勉強一直線になるように。
その一つが間近に迫った聖演武祭なのだろう。
直接参加ができなくても、中継を見ながら友達同士で一緒に盛り上がり、一体感を高めることでやり切った気分になるらしい。
僕にはよくわからないけど。
考え事をしていたせいで先生が何を言っているか聞いていなかったことに気づく。
気が付くとクラスの視線が一斉に教室の入り口に集中していた。
その理由に、ほどなくして気が付く。
フラグなんて、立てるんじゃなかった。
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