第17話

連続殺人の疑い?


 回想を巡らしている倉科にえもいわれぬ感覚が走った。

(綾乃に関連する二人の連続死……。何かあったのかなぁ…?)

 記憶の連鎖が始まった。福岡のチェリストは榊江利子。名古屋のバイオリニストは鈴木正恵、どちらも裕福な資産家の娘。事故死した方は実家の裕福さを鼻にかけた高慢ちきなお嬢さん。自殺した女性は、よく喋り活動的な感じで、自殺とは縁遠いような印象だった。ビオラは小田貴子…」日本人離れした、ハリウッド女優顔負けのような凄い美人だった。更に記憶を辿れば、彼女達、音大生の実体像が浮かんできた。

 「卒業してオーケストラに入るのは、とても難しいの。だから中学か高校で音楽の先生になるのが普通なのよ。でも、それもなかなか大変なの」

 綾乃は常々、ぼやいていた。

 「普通に企業へ就職すればいいのに」

 「一般就職なんてまっぴらよ!」

 綾乃が、顔をしかめた。音大卒業生は、通常の企業へ就職することを『一般就職』と言って嫌うようだった。

 結局、裕福なお嬢さんたち四人は、音大卒業後も、大学院もしくは専門課程に通いながら、鈴木正恵が実家のコネで見つけてきた四谷の一角にある音楽事務所と契約を結び、BFF(ビューティフル・フオー・フラワー)とのユニット名で四重奏の演奏活動を続けた。演奏会のチケットは彼女達の両親が関係する企業、団体が義理で購入していたようだ。生活のことを考えないまさにお嬢様芸とでも言おうか。良縁が見つかって結婚に至るまでの腰かけとしての演奏活動。

 倉科も何度か義理で四重奏の演奏会に付き合ったが、音楽、特にクラシックに全く素養が無いので、眠気を催すばかりだった。その頃、何かの本で、西洋古典音楽を理解するには、まず、我慢して何度も何度も聞くことだと、戦前にドイツ留学したことのある老法学博士が述べていたことを見付け、俺には無理だな、我慢までして聞かなければならないんじゃ……」と諦めたことを思い出した。

しかし、単なる騒音と感じたり、眠気を催したりするのは、奏者の思い即ち思念が聴衆である倉科に伝わって来ないことを意味していると理解できたのはつい最近だ。かの孔子様は「音楽は文字や言葉より強く思いを伝える」として音楽の効用性を認め、その共鳴性を論じている。老法学博士の言う「我慢」とは共鳴性を感応するための準備期間に違いない。それにしても、奏者の思念が強くなければ聴衆との共鳴性を奏でることは不可能だろう。あの四重奏の奏者達にそれがあったかどうか……」。


綾乃と里香の後姿


倉科の持っている当時の記憶及び近頃のネットから得られた情報はこの程度だ。二人の連続死を関連付ける事項は何一つ思い当たらなかった。

 なぜ綾乃は、二人の死を憔悴するほど悼んで、落ち込んでいるのだろうか? 他人の目から見ても心配するくらい…。肉親の死去なら頷けるが、他に何かがあるのだろうか……。

 (おいおい。お前は何を考えているのだ? 何かあったとしても、今のお前には関係のないことだろう)

 倉科は、考えるのをやめて、現実に戻り、そして、何気なく、

 「次はアイツの番だったりしてね」

 冗談のつもりだったが、里香の表情が険しくなり、

 「ひどいっ! 何てこと言うの!」

 聞きつけた大林が、大げさに体を揺するようにして揶揄した。

 「倉さん、ひどーい」

 里香と一緒になって、倉科をなじり始めた。酔いがまわってきたのか、大林は“冷血漢” “愛を信じない不幸な人間” “くそリアリスト”とか脈絡のない批判を倉科に投げかけ、それが結構、里香に受けたのか、二人の会話が弾んでいた。

 閉店間際、里香が会計のため席を立った。その後ろ姿に倉科は、ハッと息をのんだ。

 (似ている! そっくりだ。綾乃に…)

 倉科の記憶に残っている里香の最後の姿だった。

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