第13話
探偵倉科に助けを求める大林健吾
ワイシャツの胸ポケットで携帯電話の着信を示すランプと小刻みなバイブレーションがあった。発信者は大林と表示された。
「大林ですけど…。今、大丈夫ですか?」
名古屋駅に到着する寸前で、乗客が慌ただしく、続々と乗降車デッキに向かっている。
「今、新幹線の中なんだ。名古屋駅で降りるところ」
「じゃあ、もう少し経ったら電話入れます」
声が変だ。いつもの自身に満ち溢れた様子ではない。困っているような、慌てているような感じが伺える。倉科は職業柄、電話の声に敏感だ。調査依頼の場合は、こちらの力量を推し量るような調子であり、苦情のそれは、最初から声に棘がある。
(飲みに誘うようではないな)
とは感じたが、まさか大林から調査の話はないだろう、と思った。
倉科は自分の職業が平穏な生活を送っている大多数の人間には縁遠いものとの確信があり、まさに大林はまともな社会人の代表だ。
名古屋駅南口改札を通過した時、着信があった。
「実は……。埼玉県警から電話があって、事情聴取されまして……」
声に困惑の色があった。
倉科は、わざとおどけるような、調子で、
「何のこと? 警察なんて君に一番関係のないセクションでしょ? まして埼玉県警だなんて」
「三村里香覚えていますか? 殺されたのを知っていますか? 二三日前ですが……」
大林の耳に小さく、呟くような倉科の声が響いてきた。
「ええっ! 里香って、少し前に行った赤坂の店の里香? それで、どこで? 」
「住んでいたマンションのすぐ近くらしいです。蕨駅近くの…」
倉科の脳裏に、記憶が蘇った。小柄だが均整のとれた身体、三十過ぎの年齢にそぐわないベビーフェイス。
大林の言葉が続く。
「僕の所有物が里香の部屋にあって……。それで、警察が事情を聞きたいって電話があったんです。当日のアリバイも聞かれました」
「何で、そんな物が彼女の部屋にあるの? いつからそういう関係なっていたの?」
倉科は先日、中目黒で出合った時、女なんて言ってる暇無いですよ! と人を馬鹿にしたような大林の言説を思い出し、鼻白んだ。
大林は倉科の質問には答えず、部屋に置いていた荷物について話し出した。
「別にたいしたものじゃないんです。今度、市場調査する商品の資料とか、着替えやらなんですが…。それって殺人に結びつく証拠になるんですかねぇ?」
「殺人の証拠って言うけど、君は事件と何の関係もないんだろう? アリバイだって有るんだろう? だったら何の心配もないよ」
いつもの大林と違って、論理的で無いのが気になり、問い返した。
「単に君の荷物の存在について事情を聞かれただけだろう?どうして部屋にあるのか? 二人の関係は? とか。えっ、当日のアリバイが完全じゃないって! ウーン、困ったなぁ…。少し疑がってるなぁ…。でも、容疑が濃いのなら直接面会を求めてくるか、警察への出頭を要請してくるよ。警察っていうのはそんなものだから」
「電話口で刑事もそう言いましたけど…」
「多分、大丈夫だと思うけど、アリバイをきちんと思い出すことだね。必ずもう一度、警察から電話があるだろうから」
大林は、アリバイに関する説明を始めた。心配そうな声で当日の滞在場所、同伴者、時間経過等を細々と述べ立てるが、詳細を電話で伝えるには限度があり、歩行中の倉科はメモを取る準備もない。
「詳しいことは、明後日東京に戻ってからにしよう」
倉科は、まだ喋り終えない大林を尻目に、電話を切った。
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