第14話

      倉科の追想


週末の名古屋駅構内は巨大な人の群れが交差している。桜通口から出て、世界的に有名な超一流自動車会社の五十階近い高層ビルの側を通り抜ける。二三分歩くと、倉科が定宿にしているビジネスホテルに着く。付近は駅前の再開発から取り残された地域で、古い木造家屋の家並みが鄙びた様相を呈している。

 倉科は、早々に、チェックインを済ませ、室内で荷物を解きながら、大林と里香との関係についてあれこれと想像を巡らせた。独り言が自然と出てくる。

「良く言うよ。女と遊んでいる暇なんかない、だなんて。格好つけやがって」

 悪態を吐きながら、二か月程前に里香と会ったことに思いを巡らせていた。

 (里香から久々で電話があったんだよなぁ……。赤坂のお店では働いているから、今度、来てねって…)

「鳳仙花(ほうせんか)」というクラブ名が浮かび、そこのドアをくぐった経緯を思い出していた。

 (大林を誘って二人で店へ行ったんだよなぁ…。たまには、女の子のいる店へ行きましょうよ。なんてアイツがせがむから…。そう言えば、アイツ、あの時も高級ブランド、ロエベのバッグを自慢してやがったなぁ…)

 倉科は、「鳳仙花」が、赤坂と六本木の境目辺りにあり、里香がクラブ歌手とホステスを兼ねるような役割をしていたことを思い出し、更に記憶の糸を手繰ると、里香と知り合いになった頃のこと、「鳳仙花」で彼女と交わした会話内容までが、鮮明に浮かんできた。


倉科と里香の出会い


 十数年が過ぎただろうか? 目黒、権の助坂中腹のジャズ・バーで当時大学生だった里香がアルバイトとしてカウンターに詰めていた時以来だ。

 スタイリッシュでベビーフェイス、妙な色香をたたえた物腰と会話の洒脱さに人気があった。その上、学生仲間でジャズ&ポップスのバンドを主宰し、歌い手としてセミプロのような活動もしていることもあり、アイドル熱の醒めきっていない未熟な大人がカウンターに群がった。里香を巡る恋の鞘当てが展開され、店は大繁盛だった。

 事実、その中の何人かと交際していたらしいが、相手は短期間でクルクル代わったとのことをずっと後で聞いた。

 (もう若くなくて幸せ…)と、倉科は、側から彼らの生態を観察しながら、一人で楽しんでいた。

 そういう倉科が、里香と個人的に親しくなったのは、里香が英語リポートの翻訳を頼んできたことからだった。

 「倉さん。前にシンガポールに住んでいたんでしょ? だったら英語は得意?」

 歌姫の御指名を断る程のヤボじゃないので引き受けることにした。

個人的に親しくなったが、親しいと言っても、時々、電話で友人知人の近況報告をする程度だった。

この関係は、里香が大学を卒業後も数年間、店のカウンターとバンド活動をした後、どこかのバンドマスターと手に手を取って出奔した後も長く続くことになった。

 倉科は、ふた月ほど前、薫風の頃には近いが、まだ夜風が冬の名残を惜しんでいる時期に、大林と二人で里香が働いている「鳳仙花」を訪れた情景を思い出していた。そこでの出合いと会話を回想すると、倉科は何とも言えない寂寞たる感情と、その時に感じた奇妙な不安感を思い出した。

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