第12話

三村里香の人間関係


殺害された三村里香の仕事、友人知人関係から捜査を進めたが、怨恨に繋がると思われる線は浮かばなかった。

歌手兼ホステスとして勤めていた赤坂の「鳳仙花」で、馴染の客にも当たったが、これはと思うような関連性は何一つ出てこなかった。人間関係を浅く保つようにしていたのかもしれない。

捜査の過程で、過去に大林以外に三人の男と同棲的な関係を持っていたことが判明したが、一人は米国在住、他の二人も大阪と札幌に居住していて、東京方面へは、各々一年以上来たことが無いとのことであった。もちろん、出入国記録や大阪と札幌の所轄警察署を通じてアリバイの検証も済ませた。

雨の降る深夜、人通りのない場所、目撃者も悲鳴等の物音を聞いた住人もいない。犯行に関連する有力な遺留品も存在しない。ただ、気がかりな目撃証言がある。当日午後十時過ぎ、細い一本道に続く曲がり角付近に黒のセダンが駐車していたらしい。しかし、事件前後までその車が停まっていたかは不明だった。

現場周辺には一台の防犯カメラも設置されておらず、不審車両の車種もナンバーも確認できなかった。

通り魔、流しの犯行と見る線も浮上してきた。捜査は当初から行き詰まりの様相を呈している。


倉科源一郎のプロフィール


東京駅発「のぞみ41号」がリズミカルな振動を繰り返しながら浜松駅を通過した。

 「あら、先生じゃございません? お久しぶりです」

 グリーン車の通路を歩いていた小太りの中年女性が発した甲高い声。倉科源一郎は膝の上に置いた黒のアタッシュケースから出した書類に目を通している最中だ。声の方向を見上げた。高級ブランドのスーツに身を包み、分厚いゴールドのネックレス、両手の指にはプラチナとダイヤが光っている。赤と青の原色を基調とした服、指輪は肉付きの良い指にめり込んでいる。

 「ああ、確か、大阪の野崎さんでしたっけ? 間違っていたらごめんなさい」

 「いやですよ、先生。野崎さんは、もっと若い方ですわよ。私は山野です」

 全身をくねらせながら喋り、声のトーンがますます甲高くなる。身に付けた高価なスーツとアクセサリーは、これから先も彼女を上品に演出することはないだろう。周囲の乗客が、迷惑そうな視線を浴びせてきた。

 「ここじゃあなんですから、デッキの方へ行きましょう」

 倉科は読みかけの書類を座席に置き、原色オバサンを先導する。

 「卒業してから直ぐに、探偵事務所を立ち上げまして、御蔭さまで何とかやっております。先生は相変わらず全国で教えていらっしゃるのですか?」

 彼女は、息せき切って、探偵学校を卒業して現在までの経緯について手振り身振りを交えて語り続けた。

 「先生が、さっきおっしゃった野崎さんも、大手の探偵社に就職して頑張っているみたいですよ。連絡先、御存じですか?」

 ニヤッと笑った目には、知りたいでしょう? との意味が含まれているようだ。

 「いや、卒業生とは、あまり連絡を取らないようにしているもので…」

 倉科は、ボソッと答えた。その後も、原色オバサンの独演会は続き、倉科が解放されたのは三十分以経過した後だった。

 席に戻ると,既に列車は、三河安城駅を通過していた。車窓には名古屋市内に連なる無秩序にスプロール化した市街地が見えてくる。ベッドタウン、これは都市の圧力に屈した近郊の町々に対する総称だ。はるか前方に、梅雨空の合間から薄日が射して、名古屋市内の高層ビルを照らしている。車内アナウンスが名古屋駅到着まで十分足らずであることを告げた。

 倉科は席に置かれたアタッシュケースを開けて何種類かの資料をチェックした。それぞれのタイトルには「調査報告書の書き方」「盗聴発見法」等と通常は目にしない文字が並んでいる。

 『探偵学校講師』それが倉科の仕事なのだ。何とも奇妙で、人の興味を引くには申し分のない職業。かれこれ十年以上に亘って従事している。

もっとも、講師業だけでは三人いる子供の学資までは余裕が無いので、知人を通して持ち込まれる調査の仕事も引き受けている。

先ほどのオバサンは何年か前の卒業生だ。尾行調査は失敗ばかり、誤字脱字満載の調査報告書。倉科は思い出し笑いをしながら嘆息した。

 「あんなのでも、探偵やっていけるんだぁ……」


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