第11話
大林のアリバイ
大林は殺された里香のことを思うより、自分のアリバイ証明に心を砕いていた。容疑者じゃないから電話で済ませるってことだけど、警察の態度なんてこの先どう変わるか分かったものじゃない。完璧なアリバイ証明をしないと、本当の容疑者にされ、最悪の場合逮捕・身柄拘束となってしまうかも……。不安が徐々に広がり、椅子から立ち上がって、オフィスの中を徘徊しながら……、対策を考えていた。
(あの夜のタクシーを探し出せば、完全なアリバイになるのだけど…。五万台かぁ……。これは難しいなぁ…)
事の大変さを考えると、暗澹とした気持ちに襲われた。誰かに助けを求めたいが、適任者はいるだろうか? 先輩の常岡警視に相談しようか? いやいや、警察内部の人間から協力は得られないだろう…。結局、大林が援助を求めたのは、さっき会った探偵の倉科だった。
殺人事件のアリバイ捜し。探偵の登場なんて安っぽいドラマみたいだなぁ…。そう考えると、自分でも可笑しい程のハハハッ!と大きな笑い声が出てしまい大林は苦笑した。
(連絡してみるか…。でも、里香との関係が倉さんにバレちゃうなぁ……)
大林は、里香の死を悼むより、自己の体裁を最優先している。徒手空拳、自己の力だけで若くして業界での地位を固めた人物に多い利己主義的態度が露骨だ。
警察のアリバイ捜査
早速、裏付け捜査がなされた。友人の公認会計士、正木薫の証言と大林が話した電話内容に矛盾はなかった。更に、捜査本部は先輩である常岡警視から大林の人物評を訊くことになった。
常岡の語るところによると、大林は名前の売れたマーケッターで、市場動向の分析から実践に至るマーケッティング全般に精通しており、一流企業とも取引が多く、特に外資系企業が主たる顧客らしいことが判明した。
「後輩として良く知っている。年に数回ゴルフも一緒に回るし、飲みにも行く。殺人事件に関わるような男じゃないと思うがなぁ…」
こう感想を述べたが、捜査上必要であれば、自分と大林の関係に遠慮はいらないと、付け加えた。ノンキャリアとはいえ若くして警視まで昇進した人物はそつがない。
大林を疑ってかかれば、新宿から蕨まで、タクシーで一時間程度、深夜ならもっと早く着くだろう。犯行の可能性が全く無いとは言い切れない。
しかし、動機や泥酔していたとの正木証言からも、犯人は大林である可能性は低いことになる。更に、検死報告は左利きの可能性が高いとのことだから、右利きの大林が実行犯との考えは採りにくい。
捜査本部の大勢は、彼を容疑者リストの最後尾として、別の線からの捜査を優先することに決した。
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