第8話

聞込みの成果


 蕨駅周辺で根気のいる聞き込みが実施された。住民には若い単身者が多く、隣近所に全くと言っていいほど無関心だ。警察だと名乗ってドアをノックしても応じず、またインターフォン越しに尋ねても無関心な回答しか得られないことが大半だ。捜査員は無駄を承知で職務を実行していく。捜査とは壮大な無駄の集積だと心得ているから。

 三日目に被害者の身元が割れた。氏名は三村里香三十一歳。殺害現場から約五十メートル程先にあるマンション305号室の住人。茨城県牛久市出身のクラブ歌手。

 直ぐに室内の捜索が行われた。2DKスタイルの部屋としては、やや広めだろうか。全室にフローリングが施されている。

入口から近い部屋にはアップライト型のピアノが置かれている。居室として使用していたのだろうか、セットになったソファーとテーブルがあり、楽譜や音楽関係の雑誌が積み重なっていた。

クローゼットには営業用の派手なドレスが何着も収められている。奥にある四畳半ほどの部屋には、セミダブルベッドと大型の化粧台。プロ歌手に必要な舞台用のメイクアップからウイッグまで装備一式が揃っていた。

 キッチンはきれいに片付いている。新品同様の調理用具は、使用頻度が少なく、殆ど調理等はしていなかったのだろう。

 事件との関連を直接示すものは何も発見されなかった。

 捜査員の注意を惹いたのは、クローゼットの中に仕舞われていた男性用の下着、Tシャツ、チノパンツ、靴下を含む着替え一式。傍のクリアケースには、飲料水に関する市場調査資料とプレゼンテーション用に書かれた数十ページのレジュメ数冊があった。

製作者としての名刺も添えられている。男物の少なさかが同居者ではなく、交際相手と思われる。

 大林憲吾。43歳。DYマーケッティング会社社長。第一に事情を聴くべき相手が浮かんできた。


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