第4話

王陳軍は、近年「爆買い」を報道される都市の富裕層ではなく、地方出身の貧しい出稼ぎ農民の子弟だ。実家からの援助を全く当てにできない境遇で、留学生生活を送っている。現在の留学生の多くは実家からの仕送りを受けているが……。いずれにしても十年程前と比べると昔日の感がある。

王と同じ経済的状況の留学生五、六人が、この新聞販売店で勤務している。

 「また雨か。やってられないなぁ……」

 「こんなとこ辞めて、もっと稼げる仕事探そうぜ」

 口々に、日本人には耳障りな中国語独特の音声で、語り合っている。

店主がガラッと奥の扉を開けて現れ、早く配達に行け、とばかりに顎をしゃくった。

駅の西口周辺は複雑に路地が入り組んでいて分かりづらい。来日してすぐにこの仕事を始めたときは、何度も道に迷った。

王は新聞が雨に濡れないよう注意して配達を続けた。読む人のことを考えてのことではなく、“濡れているぞ!”と販売店に入る苦情が怖いだけなのだ。

外国人に食と住を保証してくれる職場は多くはないので、取敢えず当分はこの場所は失いたくない。

配達を始めてニ十分ほど経つと、自転車のペダルが軽くなる。雨はまだ止まず、空も暗いままだが、王の気持ちは少し明るくなった。将来のことを考える余裕が出てきた。

(大学を卒業して、日本か中国の給料の高い一流企業に就職できたらなぁ……)

二車線の通りから少し奥に入った駐車場。ブロック塀と細い金網に囲まれている。

車一台がやっと通れる路地の反対側は、大きな屋敷のコンクリート塀。王の自転車がきしみを上げて駐車場の角をまがった。

先に二棟の五階建てマンションがあり、行き止まりになっている。雨が全てを洗い流すかのように激しく路面を打っている。

白い物体と黒い箱状のものが王の目に入った……。屋敷の壁際にもたれかかるようにして、顔はうつぶせ、白いレインコートの肩に濡れた長い髪が広がっている。そばに転がっている黒い箱は形状から見て、バイオリンケースのようだ。白いハイヒールの片方が脱げている。

王は自転車から降りて、恐る恐る近寄った。倒れている女に動く気配はない。

「死んでいる……」

王は後ずさりしながら、言葉を飲み込み、自転車に乗ると全力で今来た道を引き返した

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