あの場所

あの夢から二日後の日曜日。母さんから

「前、お向かいに住んでいた戸羽さん家の叶苗ちゃん、亡くなったって」

「え?」

理解が追いつかなかった。

「お母さんの再婚相手の人が酷い人で、叶苗ちゃんにもよく手を上げていたんですって」

母の言葉はただただ俺を通り過ぎるだけだった。死んだ、叶苗が、何かの悪い冗談だろ。

「それでね、叶苗ちゃん。その義父さんからの暴力の当たり所が悪くて亡くなったそうよ」

「…」

言葉が出なかった。指の先と足の先からどんどん血の気が引いていった。立ってるのもやっとだった。

「だから竜哉。明日、岐阜に行くわよ」

「…え?」

ようやく言葉が出た。

「岐阜に行くって言ってるの」

「なんで…」

「叶苗ちゃんのお葬式に決まってるでしょ」

叶苗のお葬式、そんなの

「行きたくない」

「…竜哉!」

母さんが真っ直ぐ俺の目を見る。

「いい竜哉、叶苗ちゃんはもう居ない。あなたの大切な人はいなくなってしまった。でも、まだ、ありがとうを伝えることは出来る。だから、行くよ。どうしても行きなくなかったら言いなさい。でも、『怖い』は行かない理由にならないからね」

母さんには全て見透かされていた。

「分かった、行くよ。母さん」

「何?」

「ありがとう」


翌日、母さんと岐阜に向かった。思ったよりもあっという間に着いてしまい、気持ちの準備が出来ていなかった。

葬式まで時間がまだあった。母さんに連れられて叶苗の今の家を訪ねた。叶苗の家には叶苗の祖母がいた。

「これはこれは、叶苗の友達かい」

「は、はい」

「そうかそうか。わざわざありがとね、叶苗も喜んどるよ」

そう言って叶苗のおばあちゃんはニコニコしていた。そして、俺を叶苗の部屋に連れてってくれた。おばあちゃんと母さんは俺を残して部屋を出た。

俺の知らない叶苗がそこにはあった。あの頃は知らなかった。叶苗の好きなアイドルらしきイケメンのポスター。叶苗、意外と面食いなんだな。と、色々物色していると一冊の絵本があった。この部屋に絵本はこの一冊だけだった。開いて見るとそれは一人の女の子が蝶の妖精に導かれて花畑を目指す話だった。俺は唖然とした。最後の花畑の絵が、この間夢で見た場所そのものだった。そして、最後のページをめくると、汚い字で

『りゅうといっしょにいく』

『かなえちゃんといく』

とクレヨンで書いてあったのだ。

そうか、ここだったのか叶苗。

「ごめんな、叶苗」

そう呟いたら、絵本に一つまた一つ涙が落ちた。泣き止む方法が分からなかった。でも、また叶苗に叱れるって考えたら、笑顔になれた。

「ありがとう。叶苗」


時間になり、母さんと式場へ向かった。葬式は滞りなく進んだ。

途中、式場で叶苗の死亡時刻の話が聞こえてきた。

「ねえ、叶苗ちゃん。亡くなったの金曜の午後三時頃に亡くなったそうよ。でも発見は土曜だったそうよ。父親が警察も救急も呼ばずに黙っていたそうよ」

じゃあ、あの夢の時間。叶苗はもうこの世にいなかったんだ。夢でも会えて良かった。


そして、次の日学校に行くためにその日のうちに母さんと自宅に戻った。家に着いた時にはもう空には星が散っていた。家に着き母さんに

「母さん、ありがとう」

と言うと母さんは優しく

「うん。今日は早く寝なさい」

「分かった。おやすみ」

そのまま自分の部屋に言ってベッドに横たわった。


次に目を開けるとそこはこの間の夢と同じ場所だった。

「ここは…」

本当に絵本の世界のままだ。ここなら、叶苗に気持ちが届くかもしれない。

「叶苗、聞こえてるか分からないけど言わせてもらうよ。今までありがとう。俺も叶苗のこと好きだよ。大好きだよ!」

涙が止まらない。でも、

「バイバイ、叶苗」

そして、俺は遠くを見た。叶苗がいる気がしたからだ。

今くらい泣いてもいいだろ、叶苗。

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