第20話 妬み


 俺たちが冒険者として生活を始めてから一週間が経過した。俺たちはその間、依頼をこなし続け、Dランクまでランクを上げていた。



「えい!」



 そんな可愛らしい声と共に唯香が《雷魔法》の《ライジングランス》を真紅の毛並みが特徴の狼型のモンスター「レッドウルフ」に向かって放った。



 稲妻の一閃がレッドウルフを襲い、その体を痺れさせた。雷系の魔法は、魔法の速度が速く、相手を痺れさせることができるという特徴があるが、相手に対して傷をつけることができないものが大半を占める。上位の魔法にはかなりの殺傷能力を持っているものもあるが、今回唯香が使ったのは中位魔法の《ライジングランス》。



 そのためレッドウルフを痺れさせることは出来ても倒すことは出来ない。だが、唯香はその結果が分かっていたため、すぐに次の魔法を発動する。



「はっ!!」



 今度はそんな勇ましい声と共に《風魔法》の《ストームエッジ》を発動。風の刃にレッドウルフが切り裂かれ、血しぶきと共に倒れた。



「やった!!」



 唯香がガッツポーズをして勝利を喜ぶ。



「お疲れ様。凄い良い戦いだったよ」



「ありがとう。春樹くん」



 現在俺たちはDランクの依頼である【近くの村に現れたレッドウルフの群れの討伐】の依頼をこなしている。



 このレッドウルフはその名と体毛から分かるように炎を口から吐くことで恐れられている。と言っても黒竜ほどの火力はないのだが、それでもその炎に包まれれば大やけどを負ってしまうほどの火力はある。



 群れで行動し、畑の作物を食い、食べ終わると炎でそのあたり一帯を焼き払ってしまうという農家の人にとっては正に天敵とも言えるモンスターで人を襲うこともある。



 そんな危険なモンスターであるレッドウルフがイクシオンから北東にある村に出たということでギルドから依頼が出され、俺たちがその依頼を受けたというわけだ。




 今回現れたレッドウルフの数はおよそ20頭。だけど、俺と唯香にとってはそんなに苦戦する相手じゃない。そのため、戦闘は主に唯香がやるということになった。なぜかというと、それは経験値の獲得条件にある。



 MMOとかでも経験値の分配は様々な方法があり、倒した人の総取り、均等に分割、ダメージを与えた分だけ貰えるという三つが一般的だろう。



 で、この世界はどれに当てはまるのかというと、三つ目の「ダメージを与えた分だけ貰える」に当てはまる。



 そして、この世界にはパーティー機能がない。いや、パーティーという概念はあり、実際にギルドに申請すればパーティーを組める。だけど、ゲームのようなシステムじゃない。



 そのため、パーティーを組んでいても相手のHPは見えないし、仲間の攻撃が当たらなくなるなんてこともない。当然、パーティーメンバーがモンスターを倒してもその分の経験値は貰えない。だから、経験値を得たいのであれば自分でモンスターを倒すしかないってことだ。



 俺は黒竜を倒したことにより大量の経験値を獲得し、現在レベル58。騎士団団長のライオットがレベル68だったから50台はかなりレベルの高い方だろう。だからレベルの低い唯香が優先的にモンスターを倒すことになったんだ。



 もちろんその間、俺は何もしていないわけじゃない。《妄想再現》で《付与魔法》《回復魔法》を再現し、唯香をサポートしている。その成果もあって唯香は現在レベル28。もうすぐ30だ。



 以前、《妄想再現》で再現したスキル《経験値増加》を利用し、唯香の獲得経験値を上げれないかと考えたことがある。



 前にも思ったけど、俺が再現したスキルを他人に付与できればかなり強い。だけど現実はそう簡単にはいかない。



 付与は《付与魔法》としてあり、その内容は攻撃力アップや防御力アップ、移動速度低下などのいわゆるバフ、デバフが主でスキル自体を付与することは出来ない。なんとか抜け道はないかと思ったけど、なかった…………



 だから、こんな感じで地道にレベルを上げるしかない。俺のスキルで最強部隊の結成!!とはならなかった。



 とにかくそんな感じでレッドウルフを討伐していき、全てを討伐完了。レッドウルフの死体を俺のアイテムボックスに入れて、村まで戻ってきた。



「村長さん。レッドウルフの群れの討伐を完了しましたよ」



「ありがとうございます。これで村は救われます」



 涙ながらにお礼を言われ、若干引いてしまった。だけど、この村にとっては本当に村の存続に関わる一大事だったんだろうな。



 村長から依頼達成の手紙を受け取ってから俺たちはイクシオンへ戻った。その途中、



「村長さんたち、めちゃくちゃ感謝してたね」



「レッドウルフのせいで作物が全滅しそうになってたらしいし、村の人達にも危険が及ぶ可能性があったからな」



「なんか、いいね。あんな感じに感謝されるとこの依頼を受けてよかったって思う」



「そうだな。特に俺たちは勇者なんだから、困ってる人を助けないとな」








 勇者。その言葉の意味を、その重みを、俺たちはこの時、まだ知らなかった。
























「はい。確かに。依頼の達成を確認しました。お疲れ様でした!」



 受付で元気よくレーネさんが労いの言葉をかけてくれて、報酬を渡してくれた。



「凄いですよ!ハルさんとユイさん!たった一週間でDランク冒険者になって依頼をこんなにあっさりこなすなんて!」



「そうなんですか?」



「そうですよ!普通Dランクになるまで最低でも一年はかかると言われています。それなのにたった一週間でDランクになってこれだけの数の依頼を達成しているんですから。ハルさんとユイさんは現在ギルド最注目の冒険者なんですよ!」



「そ、そうなんですね~」



 Dランクにまでなるのに普通は最低一年かかるのか~。ちょっと早くランクを上げ過ぎたかな?



 でも、ギルドが注目してくれるってことは良いことだし。まぁ、大丈夫かな。



「あっ!レッドウルフの死体があるのでそれをギルドで買い取ってください」



 忘れちゃいけない素材の売却。これも俺たちの貴重な収入源なんだからな。



「はい!分かりました」




 ギルドの奥。ちょうど入り口と反対の場所に案内される。そこは素材の売買や鑑定を行う場所みたいで、素材や魔石を売る時はここに通される。



 レッドウルフの素材と魔石を売り終わってギルドを出ようとしたとき、不意に視線を感じた。



 周りをチラッと見てみると、ギルド内にいる冒険者数人が俺たち――――主に俺を見て、




「チッ……なんだよあいつ」


「調子に乗ってんじゃねぇよ」


「あんな可愛い子連れて……何様だよ」





 いや、聞こえてるぞ!!!



 完全にあれだな。嫉妬の対象になってるな。



 Dランクに一週間でなり、ギルドに期待され、さらに可愛い女の子を連れている。冷静に考えるとかなりやばいな。どこかの主人公かよ。一年や二年と言う時間をかけてDランクになった他の冒険者には面白くないんだろうな。



 まぁ、気にしても仕方ない。そんな感じに嫌味を言っているのは少数派だし。




 嫌な視線を一部から浴び、俺たちはギルドを出て行った。




 その視線の中にかなり憎しみのこもった視線があることに俺たちは気付くことができなかった。


























 ギルドを出ると綺麗な夕焼けが見えた。時間は午後六時前。少し早いけど夜ご飯を食べようかと思い、お店がある方へと向かう。



 その途中、



「た、助けてください!!」



 細身の気弱そうな男性が路地裏から俺たちの元にやってきた。



 なんだ?



「どうしたんですか?」



「あの路地の奥で女の子が男に襲われているんです!助けてください!!」



 ―――なんか怪しくね?



 俺たちよりかもっと強そうな人を助けに呼んだ方が確実そうだけど……



「春樹くんっ!!早く行こう!!」



「あ、ああ」



 考えすぎかな?



 急いで路地裏に向かう。お店とお店の間を抜け、路地の奥へと進んでいく。時間も時間なので薄暗く、少し気味の悪い感じだ。



「あの、女の子はどこですか?」



 唯香が心配そうにその細身の男性に聞く。だが、



「え、えっと。その~」



 その男はしどろもどろに答える。その様子を見て確信した俺は唯香の前に立つ。



「嘘、ですよね。襲われている女の子なんていない」



 その問いかけに男は答えない。男が黙り込んでると、奥の方からさらに別の男がやってきた。



「嘘じゃねぇぜ!!その女の子はこれから襲われるんだからな」



 そう言いながら現れたのはガタイのいいスキンヘッドのゴロツキ風の男。その男がニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら近づいてくる。



「ご、ごめんなさい!!」



 その男が現れた瞬間、細身の男は走って逃げて行った。逃げたってことは仲間じゃない。こいつに脅されて利用されたのか?



 というかこいつは冒険者登録をしたときに絡んできた……確か名前は……



「アオーンか……」



「アオーズだ!!舐めてんのか、てめぇ!!!」



 そう!アオーズだ。



「で、どうしたんだ?」



「てめぇ!!生意気な口の聞き方しやがって!!調子に乗ってんじゃねえよ!!!」



 いや、お前のような奴に敬語使うのはな……



「で、本当に何の用なんだよ」



「決まってんだろ!!お前たちに復讐しに来たんだよ!!!お前たちの所為でギルドから追放されて、周りからは笑いもの。マジでふざけんじゃねぇよ!!」



 いや、それ全部お前の所為だろ!!八つ当たりもいいとこだな……



「へへへ、だからよ!!お前をボコボコにして、その女を犯してやる!ギルドでは期待の新人とか言われてるらしいがどうせ大した実力もねぇんだろ……お前ら出てこい!」



 その声の後に奥の方からさらに人がやってきた。全部でアオーズ含め七人。全員が目つきの悪く、薄気味悪い笑みを浮かべている。



「へへ、覚悟しろよ!」


「お前のことは前から気に食わなかったんだよ!」


「そんな可愛い子連れて、しかも一週間でDランクだぁ?ふざけんじゃねぇよ!」



 う~ん、どうするか……



 倒すことは簡単に出来るんだけど……



 俺が対処に悩んでいるのを怖くて声が出ないと勘違いしたのか、アオーズは笑みを浮かべながら手に持っていた剣を舌で舐めまわす。



「へへへ、怖くて何もできないか?まぁ、すぐに終わる」



 そう言って詰め寄ってくるアオーズ。



 よし!これでいくか



「唯香、俺の言った通りにして」


「うん」



 小声でやり取りをした後、アオーズたちに向き直り、そして……




 先制攻撃をした。




「ぐはぇ!!」

「ぐおっ!!」

「ぶへぁ!!」



 剣の鞘での攻撃を当てられた三人が悶絶しながら倒れる。残りは四人。



「てめぇ!!!」



 それを見たアオーズが俺に飛び掛かってくるが、それを回避。そして、



「……っ!?ユイ!逃げろ!!こいつらかなり強い!!」



「え?……う、うん!」



 俺のその声を聴き、唯香は人通りの多い方に向かって逃げる。



「おっと、今更気付いたか。だが、逃がすと思うなよ。おい!追え!絶対に逃がすな!」



 唯香を四人のうち、が追っていく。



「さぁ、てめぇの相手はこの俺様だ」



 そう言い、アオーズが俺に攻撃を仕掛ける。アオーズの武器は刃がぐにゃりと曲がっている刀。曲刀。いわゆるシミターだ。



 その独特な刃での攻撃に俺は対処することが難しくなり、徐々に後退していく。



「おらおらおら!!どうした!?おら!!」



 俺が何も出来ずに後退していく様を見て、気を良くしたのか攻撃の速度を上げていくアオーズ。



 俺は何とか人通りの多い、大通りに逃げようとするがアオーズがで追ってきて大通りに出るギリギリのところでアオーズに捕まる。



「へへへ、あぶねーあぶねー。それ以上いかれると厄介だからなっっと!!!」



 そう言い、アオーズは俺にボディーブローをかましてきた。



「がはっ!!」



 その攻撃をまともに食らい、俺は倒れこんでしまう。



「あははは!!こいつやっぱよえーわー」



 倒れた俺に馬乗りになり殴り続けるアオーズ。そして、



「きゃっ!!」



 俺の隣にはアオーズの仲間に捕まった唯香が倒れてきた。



「へへへ、アオーズさん。捕まえて連れてきましたぜ」



「おう!よくやった!」



 そうアオーズが唯香を捕まえてきたの男にねぎらいの言葉をかける。



「アオーズさん。この女。俺が頂いてもいいですか?」



「ああ?バカ言うんじゃねぇよ!この生意気なガキの目の前で俺様がこの女を犯さないと気が済まねぇんだよ!!……まぁ、存分に楽しんだ後はお前に回してやるよ」



「へへ、ありがとうございます」



 アオーズは俺から離れて、唯香のもとに行き、馬乗りになる。



「い、いや……」



 唯香から弱々しい声が出てそれがアオーズをさらに興奮させる。



「ユ、ユイ……逃げろ……」



 俺はそう言うが声がかすれて、しっかりとした声が出ない。



「いや……ハルくん。助けて……」



「あっははははは!!!!!最高だぜ!!!ええ?どんな気分だ?女を目の前で犯される気分は!!」



 そう言い、アオーズは唯香を犯そうと服を脱ぎ始める…………




























「う、うわ~……」



 唯香は屋根からアオーズがしている光景を見て、手で顔を隠す。さすがにこれ以上は見てられないんだろう。



 何せ男が男を襲っている光景だ。俺も正直見てられない。



 にしても上手くいきすぎじゃね?あいつら途中から仲間の二人がいなくなっていることに気が付かなかったのか?



 相当バカだな。



 俺がやったことは単純でアオーズたちに対して《妄想再現》で再現した《幻惑》スキルの中の《幻術》を使用しただけだ。



《幻術》で途中からアオーズの仲間を俺と唯香に見せかけて襲わした。その仲間が抵抗しないように唯香の《賢者》スキルの《麻痺》も掛けたから抵抗出来ずにアオーズにやられる一方ってわけだ。



 そして、現在アオーズたちがいる場所は人通りのない路地裏ではなく人通りが沢山ある大通り。そこも《幻術》で改変している。



 つまり、今現在のアオーズの状況は、人通りのある大通りで男を裸で襲っているという状況で、通行人からかなり白い目で見られ、



「最低……」


「クズ……」



 などと言う言葉をいくつも受けている。



 本人は今、唯香を襲っているように見えてるんだろうな~。



 そう思うと少しイラっとするが、これでアオーズは社会的にも男としても大切なものを失ったな。



 あっ!今、この街を警備している人たちがやってきた。恐らくこの光景を見ていた人が通報したんだろう。



 そして、警備団数人に無理やり行為を止められるアオーズ。最初は抵抗していたが、徐々に《幻術》の効果が切れだし、大人しくなってきた。冷静になり自分がしていたことの真実を見て唖然とする。



 まぁ、詳しいことは言わないけど……ただ、アオーズが死んだような目をし、襲われていた男が泣いていたとだけ言っておこう。




 まぁ、こんな光景を見せられた後だしすぐにご飯を食べる気にはならない。



「ねぇ、春樹くん。一度宿屋に帰って休まない?」



「うん。そうするか」



 そう決めて二人で宿屋に向かった。

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