第1話 勇者召喚
ピピピピピピ―――
目覚ましのアラームが部屋中に鳴り響く。
「う……う、ん……」
スマホのアラーム止めて俺は目を覚ます。時間は6時ちょうど。
今の季節は6月。気温が高くなってきたせいか、中学時代の夢を見たせいか、かなりの汗をかいている。
「はぁ~、嫌なこと思い出したな~。気持ち悪いし、シャワー浴びるか」
部屋のある二階から一階に降りてシャワーを浴び、学校の制服に着替える。朝食のパンを食べて両親に行ってきます……ついでに玄関にあるクマのぬいぐるみにも行ってきます、と言って家を出て学校へ向かう。
いたって普通の朝、普通の日常だ。
そう、俺はあの中学三年の秋に起きた出来事(貴公子リア充事件)をきっかけに中二病を卒業した。
あの時、琢磨に言われた言葉が妙に突き刺さった。琢磨を見送った後に感じた風は妙に冷たかった。なんか、こう現実を感じたんだと思う。
こんなことをやっていても無駄。自分には特別な力なんてないし、この世界にはモンスターもいないって。
それからはかなりの地獄だった。俺は学校でもあのような発言をしていたし、体育の剣道では必殺技を叫びながら見様見真似の技を繰り出し、先生に怒られていた。
その時の俺はそれが当たり前だったけど、冷静に考えるとかなりのやばい奴だ。
学校に行きクラスメイト達の視線を感じた時は本当にやばかった。突き刺さる痛い奴を見る目は苦痛でしかなかった。
だから俺は勉強を頑張って中学の同級生が誰も行かない電車で通う遠い高校に進学したんだ。
「あああああああ~~~」
当時のことを思い出して俺は悶絶する。
「なにが【爆炎の勇者】だよ!!なにが必殺【
もう考えるのはやめよう。辛いだけだ。
電車に乗り、一時間かけて高校に到着する。二年三組の教室に入り、自分の席に着くと、親友が声をかけてきた。
「おはよ、春樹。相変わらずパッとしない顔だな」
「うるせーよ、大介。お前こそ特徴のない顔だろ」
親友の
そんな会話をしていると徐々に人が集まりだし、にぎわってきた。
俺のクラスのポジションは中立。リア充組にもオタク組にもどのグループにも属さない。その分あまり目立たないが注目もされない。中学時代のような視線を受けないために去年頑張って作った俺のポジションだ。
だからこそ、俺にあまり声をかけてくる人はいない。しいていえば大介くらいだけど、なぜか俺に声をかけてくれる女の子がいる。
「おはよう。朝比奈くん」
噂をすれば俺に声をかけてくれる女の子が来た。綺麗な黒髪をした女の子。
「おはよう朝比奈くん、会津くん」
佐々木の親友の
「おはよう」「おっす」と俺たちがあいさつする。するとクラスの――主に男子からの――視線が突き刺さる。クラスメイト同士あいさつするのは当たり前なんだけど、この二人はいわばクラスのマドンナだ。
佐々木唯香は肩ぐらいまでかかるセミロングの綺麗な黒髪に可愛らしい容姿、綺麗な声をしていて清楚なイメージの女の子、西山楓は耳が隠れる程度のショートヘアで活発ではきはきとした明るい性格故に友達も多く、部活のテニスでは県大会上位の常連。
正におしとやかなヒロインに、活発なヒロインって感じだ。
そんな二人から声をかけられることは嬉しい。というより、俺は佐々木が好きだ。それは高校一年の頃にあったとある出来事がきっかけなんだけど今は話すのはやめよう。
だから話せるのは嬉しいんだけど大勢いる中で話をすると男子からの視線が痛く、中学時代のトラウマを思い出すからやめてほしいと思っているところなんだよな。
「剣斗、おはよう」
俺たちにあいさつした後、西山は俺の席の左斜め後ろの席にいる
「お、おはよう、楓」
佐藤はぎこちなく挨拶をする。この二人は幼馴染なんだけど、人気者の西山に対して佐藤は身長が160㎝と男子としては低く、顔立ちも普通でクラスでも目立たない男子だ。明らかに釣り合いがとれていないと佐藤も感じているのか、少々ぎこちなくなっている。
あと、この二人の関係がぎこちなくなっている原因はもう一つある。
「おい、西山。そんな根暗な奴に話しかけんなよ!」
それがこれだ。西山に話しかけてきた男子は
「原崎くん。私が誰と話しようがあなたには関係ないでしょ」
「あぁ?うるせえよ!……おい、佐藤!お前も西山と喋んなよ!」
「ちょっと、剣斗に圧力をかけるのはやめてよ」
「二人ともそれくらいにしなよ。もう授業が始まるよ」
西山と原崎が言い争いをしている時に入ってきたのは
「ちっ!!」
盛大な舌打ちをして自分の席に返っていく原崎。さすがにカーストトップにたつ桐生を相手に回したくなかったんだろう。
「ほら、西山さんも」
「……わかったわよ」
桐生に促されて西山も不満そうではあるが席に着く。これがこのクラス二年三組の日常だ。
いつもと変わらない日常。いつもの生活。のはずだった。それが崩れたのは六時間目が終了した直後だ。
先生が教室から出ていき、授業が終わることでみんなが浮足立っているその時、突如として教室の床に幾何学的な模様が浮かび上がった。
「これって……魔法陣!?」
とっさにそう思った。本物の魔法陣なんて見たことはないけど中二病時代にアニメなんかの魔法陣はなんども見たし、妄想したし、絵に描いたし……
途端に過去の自分に目をそむけたくなったが踏ん張って辺りを見渡す。
「なんだこれ!?」「どうなっているの!?」
といった声が聞こえる。みんなパニックになっているんだろう。だが、一部オタク組はこの状況でニヤニヤしている。ここ最近の流行りの一つのラノベはこういった展開から始まるからだ。
(まさかだけど異世界召喚……)
そんなことがあるはずがない。と思いつつも少しだけ期待しながら俺たちは魔法陣から放たれる強い光に包まれた。
ザワザワザワ――――
光に包まれた後、気が付くと知らない建物の中にいた。高校の体育館の倍はある広さ、建物の側面にはガラスのようなものが使用され、正面には一人の女とその女に跪く一人の男の像。大聖堂という印象を受ける建物だ。
そして、俺たちの後方――この大聖堂の入り口の方向には一人のきらびやかなドレスを着た少女とその隣に立つ鎧を纏った男。その周りには二十人ほどのローブを着た男女たち。
地面に現れた魔法陣が消えると同時にドレスを着た少女が声をかけてきた。
「ようこそ、異世界の勇者様」
……と。
(これは……いかにもテンプレって感じだけど……)
おそらく目の前にいるドレスの少女はこの国の王女様、隣にいる鎧の男は騎士団の人、周りにいるローブの人たちは神官たちってところだろう。ここ最近のラノベを読んでいたら分かる。
だけど、異世界召喚なんて非現実的なものがあるのか。
可能性として考えられるのはテレビ番組のドッキリか何かで俺たちをモニタリングしているということ。だが、俺たちは一度も気を失ってないし、一クラスの人数を一瞬で移動させることは現代の技術では不可能だ。
次に考えられる可能性は最新VRゲームや映像を見せられているということ。だけど、目の前の光景は映像ではないと感じるほどリアルだし、何かしらの機械を着けられた記憶はない。
だとしたらやっぱり違う星、または世界に召喚された。それが一番あり得そうだし、目の前の光景を受け入れられる。
中二病時代にそういうアニメやラノベを見まくっていたのでワクワクしないと言えば嘘になる。が、ここで騒げば中学の時の二の舞だ。
それに楽観視は出来ない。だいたいこういうのは元の世界に帰る方法が分からないというのが定番だからな。
「えっと、ここはどこかな?どういう状況なんだ?」
俺がそこまで考えた時にようやくフリーズから解放された桐生が少女に声をかけた。
「まずは自己紹介からしますね。私の名前はフレリーカ・フォン・アイゼンブル。アイゼンブル王国の第二王女です。ここはアイゼンブル王城内にあるシンシア大聖堂。皆様は世界を救う勇者として私たちが召喚しました」
ざわめきが起こる。アイゼンブル王国なんて王国聞いたことがないし、勇者として召喚って辺りも正に異世界召喚もののテンプレだ。この状況にオタク組は「やっぱり!?」「すげー」「本当に?」と言っているがそれは一部の意見。
「アイゼンブル王国?勇者として召喚?ちょっと意味が分からないんだけど……」
桐生がそう王女に問いかける。普通はそういう意見だろうな。
「分かりました。詳しくお話ししますね……」
そう言って王女が語ったのはこの世界のこと。
ここはシリアという星。200年ほど前に魔王が誕生し、シリアを滅ぼそうとした。だがその時、異世界により勇者が召喚され、魔王は封印された。この国、アイゼンブル王国は勇者を召喚した伝説を持ち、自然豊かな国で栄えていたが五年ほど前に封印された魔王が復活した。
魔王の力は強大でこのままでは負けてしまう。そのため伝説に沿い、勇者召喚を行い俺たちを召喚した。
「どうかお願いします。勇者様。この国、この世界をお救いください」
そう言って王女は頭を下げる。そんな王女を見てみんながたじろいでしまう。
なんたって王女様なのだ。その肌は美しいほどに白く、髪はまぶしいほどに美しい金色。俺たちと同じ年くらいなため胸も年相応に膨らんでおり、身体のラインは細く、抱いたら折れてしまいそうな印象を受ける。目も澄んでいて顔立ちも可愛らしい顔立ち。少女から女性になる境目にあり、あと数年でその絶妙な可愛らしさと美しさを兼ね備えた魅力はなくなってしまう。そんな美少女なのだ。
男子だけでなく女子をも魅了してしまうような、そんな容姿を持つ女の子にお願いをされたら誰でも受け入れてしまう。そう思うほどなのだが、
「おい!妄言ばかり言ってんじゃねえぞ!この女!!ぶん殴られたいのか!!」
そう声を上げたのはこのクラスの問題児であり不良の原崎だ。どういう神経をしているかは知らないけどこの雰囲気の中でそう声をあげれるのは勇気があるからなのかそれともバカなのか。
おそらく後者だとは思うけど。声を上げるならここは少なくとも勝手に召喚し、戦わされようとしていることを非難するべきだろ……なに暴言吐いてんだよ。
「落ち着くんだ、原崎くん」
そこに桐生が入ったことによって原崎は下がる。
「とりあえず、いくつか質問させてください。まず、俺たちはこの世界に来る前までは日本で高校生、学生をしていました。ここにいる全員が戦うすべを持っていません。そんな俺たちが魔王を倒せるとは思えませんが?」
「そこは大丈夫です。勇者様は召喚の際に神が住まう【神域】を通って召喚されると伝説ではなっています。その際に特別な力を授かるそうです。そのため勇者様はこの世界の人たちよりも高いステータス、スキルを有しています」
特別な力……誰かがぼそりと呟いた。おそらくチートスキルなんかを想像しているんだろう。
「なるほど……俺たちはこの世界のことをまるで知りません。どうしたらいいのかもわからないんですが」
「そこも大丈夫です。勇者様にはこの王宮に住んでもらいます。それに伴う食事や寝室、衣服も用意いたしますし、戦うすべや知識もお教えします」
「俺たちは、元の世界……日本に帰れるんですか?」
「はい、魔王を倒していただければ……モンスターたちは例外なく魔石と呼ばれるものを体内に有しておりその魔石は魔力を宿しています。魔王にも魔石があり、どんなモンスターよりも強大な魔力を宿していると伝えられています。それを使えば皆さんを元の世界に帰すことは可能です……それに魔王を倒していただければ、報酬もお渡しします」
「……わかりました。みんなと話をしてもいいですか?」
「はい……かまいませんよ」
そこで桐生がクラス全員、40人を集めて話を行う。
「みんな、俺たちで魔王を倒せば日本に帰れるそうだ」
「ちょっと桐生くん。あの話を本当に信じるの?勇者とか魔王とか……」
そう声を上げたメガネをかけたポニーテールの女の子は
「俺だって信じれる、信じれないで言うと信じれないけど……でも今のこの状況を見ると信じるしかない。俺たちは少し前まで教室にいた。でも、光に包まれて目を開けるとこの聖堂にいた。そんな一瞬で一クラスを移動させるなんて科学的に不可能だろ?」
桐生にそう言われ望月は何も言えなくなる。自分たちに起きた出来事は科学の力では証明できないことだとみんな分かっているからだ。
「幸い、俺たちには特別な力があり、この世界の人達よりも強くなれるそうだ。それに王国がバックアップについてくれる。少なくともここは王国側に着いた方がいい」
「それは……そうだけど」
俺はこの会話を聞いて違和感を感じた。
桐生ってこんな性格だっけ?
桐生はなによりも周りのことを気に掛ける性格だ。
だからこそモテるんだけど。
こういうときは理不尽に異世界に連れてこられたこと。魔王と戦わなくちゃいけないこと、それに伴う危険――そんなことを問いただしそうなものだけど……普通に考えればこれは拉致事件だしな……
でも、桐生は慎重に考えているようで結構ノリノリだ。顔がニヤついているのが少し離れたところから見ていると分かる。
案外桐生もこういうのに憧れていたのかもな。いや、男子ならこういう勇者とか英雄とかヒーローなんかに少なからず憧れるはずだ。
例えば、学校にテロリストが侵入してそれを自分がやっつけて学校のヒーローになったり。
例えば、好きな女の子と誘拐事件に巻き込まれるがそれを自分が機転を利かせて犯人から脱出。警察に知らせて誘拐犯を捕まえ、女の子には惚れられ……
そう!!男の子ならそんな妄想の一つや二つ……
…………
―――あああああああああああああああああああああああああああ
なんだよ!その妄想!
そんなこと現実にあるわけないだろ!
「なぁ、春樹。お前どう思う」
くっっそ、桐生の所為で中二病時代のトラウマが蘇ったじゃないか!
「おい、春樹?」
「うん?なんだよ大介」
「いや、さっきから声かけてたんだけど」
「あ、ああ。悪い悪い。ちょっと考え事してた……」
「で、お前どう思う?王女の話とか魔王のこととか……」
「現状では信じるしかないだろ……クラスの連中だってみんなその気だし」
「まあ、だよな……」
桐生が前向きなためクラスメイトからは反対的な意見は出ていない。むしろみんなファンタジーな世界観にノリノリな感じになっている。魔王を倒すと元の世界に帰れるっていうのも前向きな雰囲気を作っている一因だろう。
「よし!決まりだ…………王女様、俺たちは戦いますよ」
「……っ!!ありがとうございます!!」
そう言って王女――フレリーカは涙目になりながら頭を下げる。
「本当にありがとうございます!!」
俺はこの時、この王女がとても嘘を言っているようには見えなかった。
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