ひまわり21 クールなDNA
来た!
お知り合いになりたくないオトコのヒト。
「織江さんのお子さんだよね」
「香月菊江と申します」
気持ち悪い。
誰がオリエだ。
結婚もしていない、親しくもない男女が下の名で堂々と呼び合うな。
「香月……?」
「私は、父が死しても香月を名乗って行きたいと思っておりますわ」
喧嘩を売っていた。
「電気泳動は簡単だから、俺がみようと思っていたが? 止めようか」
「私も同意見よ」
例え、織江ママが、あんなぺけぺけぷーと結婚しても、今度は私が旧姓を名乗らせて貰うし、結婚したからって、香月の名を捨てることはないと思う。
その辺もあって、壽美登くんに、菊江ちゃんではなく香月さんと呼んで貰っていた。
「寧ろ、簡単な実験しかアドバイスできないのよね」
「頭の悪い生き物にも教えられるってことだ」
大げさに肩を竦められて、私はむっとした。
「私は、アメーバよりは利口だと思っていますわ」
「いい加減にしな、ガキ」
実験台に強く手を置かれる。
そこに私のコンパクト計算機があり、パキリと嫌な音を立てた。
壊すな電卓、壊すな電卓、壊すな電卓を!
「だったら、副手に近付かないでくださいね」
「そこは、大人の事情だ」
にやにやして、気持ちが悪い。
髪も肩に触れる程長く赤めに染めている。
研究員だが、アルバイトだとも聞いた。
負けてたまるか。
「大人のとは、どんなものかしら」
「家に帰れ、ガキ!」
今にも私の頬に唾を飛ばしそうだ。
いくら残念な相手でも、菊次パパはもっと優しい。
優しさ故に岐路を誤ってしまっただけ。
「もしも、卒業論文が失敗に終わったら、貴方にテオの霊が憑きますよ」
「はあ?」
テオドルスも知らないのか。
美術音痴なんだ。
「へー、ほー、ふーん。疎いのですね」
「香月さん、僕らで実験をしましょう。今は話し合っている時間はないです」
壽美登くんが、おでこにある旋毛を掻きながら間に入って来た。
話し合いと彼が纏めたので、致し方ない。
彼の方が大人だ。
素直に意見には従おう。
「福原副手! ちょっと、この方ハラスメントがあるので、お願いできますか?」
それでも私は抵抗した。
鼓動は速く、毛細血管までもが破裂しそうだ。
「香月さん、僕がいるから大丈夫です」
壽美登くんに窘められて、残念な気持ちがぐんと膨らんだ。
私は、子どもだ。
あの男と違いなく子どもなのだ。
「菊江ちゃん、ママでよかったら話して」
「ママ、顔色が悪いわ」
血相を変え、直ぐに来てくれた。
いけない。
私は、心配を掛けてしまった。
「私と本題に入りましょう。先ずは、アガロースゲル電気泳動の準備ですね」
「はい。昨夏教わりまして、ありがとうございます」
私は、櫛型で一つ置きに穴開け用の凸部があるコーム、電気泳動用のケースを用意する。
コームの使い道は、サンプルを入れる
高次構造や電荷などの影響も受けているのを考慮に入れる。
「この場合、最低でもサンプル三種類に分子量マーカー分一つを考慮に入れて、四つは確保すべきよね」
「成程です。僕も昨年の講習に参加していたら一つ勉強になったでしょう」
緩衝液のバッファーを用意した。
ストックしてある
緩衝液にアガロースを〇.八から四パーセント加え、電子レンジで加熱して溶かした後、コームの入ったケースに入れて固める。
アガロースゲルを緩衝液の入ったケースに入れる。
「このコームを抜いた所に穴があるわね。ここに、マーカーとサンプルを注入するのよ。いい? ノートの計画で一と書いてある所に、ピペットマンでサンプル一を入れるのよ。二には二、三には三をそっとね」
「分かりました」
「うう、無駄に緊張するわ」
コームのある方から電圧をかけ、反対側がプラスとなるようにする。
マーカーが流れ切ったときを見計らい、電気を止めて、ゲルを取り出すまで続ける。
このとき、臭化エチジウムなどの核酸染色溶液に浸して、観察可能にする場合もあるが、先に、アガロースゲルに添加しておく方法も取られる。
臭化エチジウムの場合は、DNA分子の長さと量に比例するので、蛍光の強さによってDNA量が分かる。
ノートを壽美登くんと一緒に熟読する。
「ママの実験ノートは、文もいいけれども図解が分かり易いわね」
私は、ノートを書き写しながら思った。
娘の自分は、字がさらさらと綺麗なのに絵が個性的だと。
「そうですね。初めて見学させていただく僕にも親切です。習熟して参加したいと思いました」
「これから、少々時間が掛かるけれども、放って置くのもよくないし、ここで待ちますわ。お腹が空いたら、おにぎりを食べようね」
壽美登くんと交代して、那花くんのお母さんからいただいたおにぎりを噛みしめる。
んー。
大好きな酸っぱい南高梅だ。
後で、ごちそうさまをお伝えしなければならないと思った。
「染色されたDNAは紫外線を照射すると蛍光を発するのよ。そこの暗室でポラロイド写真を直ぐに撮影できるから、考察しましょう」
私は、撮影中はカーテンを開けないでといい、一人ポラロイドカメラと立ち向かった。
そして、出来は――。
「ナーイス! 香月さんは、天才高校生かもしれないわ」
ただの自画自賛だった。
「拝見してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
私は、写真撮影に成功した。
このバンドが、マーカーを指標にして、サンプル間での近似を求められる。
いよいよ画像が浮き出て来た。
私には、ビビビと来るものがある。
壽美登くんの反応はピピピなのだろうか。
まるで、志一くんが初めての骨型ガムを貰うように不思議そうだった。
今、私の仮説を明かすときが来た――。
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