言問いの川

短剣スティレット、森の奥へはこの川を辿ってください。でももう日が暮れる。進むのは朝陽が届いてからの方がいいでしょう」


「お前はどうする」


「朝までここにいます。ほら、あそこに洞窟がある。あなたの話も聞きたいし」


 話、と呟くとエリューカは、夕星ゆうづつのように笑った。


「何故こんな森に住んでいるのかと訊いたでしょう。私も知りたい。何故、あなたは死月王オルカに挑むの?」


 夜族狩りダムピールだからだ、と答える前にエリューカは身軽に歩いて行ってしまった。川のほとりで両手に水をすくって飲んでいる。


 実際のところ、何故おれは死月王オルカに挑む?

 吸血鬼ヴァンパイヤたちと殺し合い続ける日々にんだから?

 けて死ぬならそれでもいいと思ったから?


 死月王オルカを必ず倒そうと思って来たのかどうかさえはっきりしない。王を倒せば、その王によって夜族になった直系の吸血鬼ヴァンパイヤたちは滅びる。するとどうなる?

 吸血鬼を飯の種にしている夜族狩りダムピールは、実際、吸血鬼のいない世界には生きられないのではないかと思う。


 ならば、と名無しの男、短剣スティレットと呼ばれる男は思う。

 自分はやはり、死月王オルカではなくその先にいる自分自身を殺そうとしているのではないか。

 結局、自殺しに来たのではないだろうか、と。


 だから、洞窟の中に火を起こし座った後に、こう言った。


「この世界を終わらせるために来た」


 エリューカは黙っていた。黙ったまま名無しの男に寄り添って、古い血とほこりの匂いを嗅ぐように頬を男の肩に載せ、ほう、と薄い息を吐いた。

 ふたり並んで、闇に揺らめくほのおを見ている。

 しばらくそうしていた。木の枝のぜる音に、夜の鳥の声や風の音が遠くから時折届く。本当に時間が止まったようなその暗闇の中で、ふたり、ただじっとほのおを見た。

 あなたの話を聞きたいと言ったエリューカは、先程の一言でもう満足したかのようだった。

 やがて静かな寝息を立て始める少し前、エリューカは隣に座る男の上着の袖をそっと掴む。男もそれを払わない。

 視界の向こう、満天の夜空が洞窟の出口と黒い森の形に切り取られて見える。恐ろしいほどの星の数だった。ほのおの明かりが揺らめく洞窟の中、視線を少し下ろすとさらさらとした銀の髪が目に入る。ただの白髪というわけではなく、ほんものの銀をつむいだような輝く髪。そして、今は閉じたまぶたの下には、泉のような淡青色の瞳が濡れていることを男はもう知っている。

 エリューカは出会ったばかりの相手にすっかり気を許して眠っているようだ。穏やかな呼吸が、寄せた身体から静かに伝わる。

 こんな美しい夜は初めてだな、と名無しの男は思った。


 そして恐らく、これが男にとって人生最後の夜だ。




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