第19話 呼んだかの?
俺はクルシェとともに彼女の故郷の村へと向かっていた。
もちろん親御さんへの挨拶のためだ。
随分と辺境にあるらしく、隣国に行くぐらいの時間がかかってしまう。
それもあってか、クルシェは申し訳なさそうに、
「行くだけで大変だし……わざわざそんなことしてくれなくても……。そもそもぼくたちアマゾネスには結婚の習慣がないから……」
「まぁそう言うなって。それに入学してから一度も帰ってないんだろ? 無事に卒業したんだし、一度くらい顔を見せておいた方がいいぞ」
「でも、それなら一人でもいいような……」
「俺もクルシェの故郷がどんなところなのか見ておきたいんだよ」
「……大丈夫かなぁ……」
戦闘民族として知られたアマゾネスだったが、現在は傭兵業はしておらず、主に林業をしながら細々と暮らしているという。
田舎旅に豪華な馬車では目立ち過ぎるということで、そのまま馬に乗っての旅となった。
従者も連れてきていない。
ただ、気づいたら一頭のお伴が付いてきていた。
「わうわう!」
「ほら、クウも見たいって言ってるし」
「がう!」
「痛っ」
頭を撫でてやろうとしたら噛まれた。
まぁいつものことだ。
クウは妻子を残して付いてきていた。
「ちゃんとチルに断ってきたんだろうな?」
「……くう」
クウは目を逸らす。
こいつ黙って出てきやがったな。
帰ったらチルに怒られても俺は知らないぞ。
長旅を経て、俺たちはようやくクルシェの生まれ故郷へと辿り着いた。
険しい山岳地帯にある集落なのだが、意外にも建物が多くて、貧しい印象はない。
木造の平屋ばかりだが、どれも立派な建物だ。
林業の村だけあって、建築技術に長けているのだろう。
人口は二百人ほどらしいが、女性しか住んでいないという。
生まれてくるのは女性だけだ。
彼女たちは十四歳ぐらいになるといったん村を出る。
その際、必ず男装していなければならないのは、かつての傭兵時代の名残でもあるが、同時に変な男に引っかからないようにするためでもあるそうだ。
そうして強い男を見定め、これと決めたら男装を解いて猛烈なアプローチを仕掛ける。
彼女たちにとってのゴールは結婚ではないため、たとえ相手が妻子持ちでも関係ないとか。
見事、男の種を得て子を孕むことができれば、村に戻ってきて出産するらしい。
個人差はあるが、それがだいたい十六歳から十七歳ぐらいのことだという。
もちろん中にはそのまま男と結婚して村に戻ってこなくなるケースもあるようだが。
「あれ? クルシェじゃないかい!?」
「久しぶりだねぇ!」
村の女性たちがクルシェに気づいて駆け寄ってくる。
健康的な小麦色の肌に黒い髪。
そしてだらしない体つきの女性は一人もいない。
きっと普段から肉体労働をしているからだろう。
というか、胸が大きい、だと……?
俺はてっきりクルシェのイメージからアマゾネスたちは貧乳なのかと思っていたのだ。
戦うのに邪魔そうだし、そういうふうに進化をしたのかと。
『確かにそれもあって、アマゾネスの胸が発達し始めるのは少し遅い。じゃが適齢期になると男を誘惑する必要があるため、一気に胸が大きくなっていくのじゃ』
マジか。
じゃあクルシェはこれから胸が大きくなると……?
「ていうか、あんたまったく成長してないねぇ……今、幾つだい?」
「じゅ、十八になったけど……」
「「……」」
「何で黙るのさ!? まだまだこれからだよっ!」
……それでも十八であの絶壁具合となると、もう見込みがないのかもしれない。
と、そこで女性たちの視線が俺の方へと向けられた。
「ところであの男は? まさかアンタの男かい?」
「へぇ、なかなか良い男じゃないかい」
なぜか背中がぞくりとした。
気のせい、だよな……?
それからクルシェの家に辿り着くまでに、何度も村の子供たちに囲まれてしまった。
女の子しかおらず、無邪気に俺に纏わりついてくる。
男が珍しいのだろう。
「おねーちゃん、おとこってなーに?」
「ママが股に棒が付いてるって言ってたよ」
「ほんと!? みせてみせてー」
見せられるか!
幾ら純真な目でせがまれてもそればかりは無理な話だ。
『ええじゃないか。減るもんでもないじゃろうに』
ダメに決まってるだろ。
完全に捕まる。
股を執拗に攻撃されて大変だったが、どうにかクルシェの実家に辿り着いた。
平屋建てだが結構な大きさだ。
「ただいま!」
「クルシェ? 何だい、手紙には帰らないって書いてたのに」
家の奥から女性が出てきた。
すらりとした体型だというのに胸が大きく、クルシェにも負けないほどの上向きのお尻。
見事なプロポーションだ。
「うー、どこ見てんのさ」
「み、見てない見てない」
クルシェに睨まれ、俺は慌てて視線を逸らす。
それはともかく。
彼女はクルシェの姉だろうか?
「えっと、紹介するね。ぼくのお母さん」
「マジか」
アリアの母親といい、何でこんなに若いんだよ……。
「二十代半ばぐらいにしか見えないんだが……」
「三十五だったかな?」
やっぱり俺より若い……。
「へえ、もしかしてあんたがルーカスかい? うちの娘が世話になってるみたいだねぇ」
どうやら俺のことを知っているらしい。
「て、手紙でちょっと書いたことがあるんだ」
クルシェが少し恥ずかしそうに明かす。
しかしクルシェ母は口の端を吊り上げて笑った。
「ちょっと? 何を言ってるんだい。最近はルーカスルーカスルーカスで、それしか書いてないくらいじゃないのさ」
「わーーーーーーっ!」
クルシェは慌てて叫んで母親の口を塞ごうとしたが、ひらりと躱されてしまった。
さすがアマゾネス、見事な身のこなしだ。
「何で言うのさぁっ!?」
「いいじゃないか、別に。それにしてもあれは傑作だったねぇ。まさか本当に『女だとバレたら子供を産まないといけない』だなんて、あたしが適当に言った大嘘を本気で信じてたなんて」
「う~~っ!」
え? あれって嘘だったのか?
いやまぁ、変な掟だとは思っていたが……。
「だけど見た感じお腹が膨らんでないね? まさか、まだヤってすらないなんてことはないだろう?」
「そそそ、それはお母さんには関係ないでしょ!?」
娘をからかってニヤニヤと笑うアマゾネスの姿が、俺にはとあるエロ剣と重なって見えた。
『くくく、呼んだかの?』
……クルシェがあれだけ一緒に帰ることに難色を示していたのは、遠慮していたんじゃなくて、これが理由だったのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます