第17話 愛の巣なのですね

 リオーゼの領都を出発して数日。

 幾つかの宿場町を経由しつつ、俺たちは王都の屋敷へと戻ってきた。


「ご苦労様」


 俺は従者たちに労いの言葉をかける。

 さすがに貴族の二人旅はダメだと周りに言われたので、もう一台馬車を用意し、従者二人を同行させていたのである。


「お陰で快適な旅ができた」

「そう言っていただけ、大変ありがたく存じます」

「ご主人様も長旅、お疲れ様でございました」


 ちなみにどちらも男性だった。

 イレイラを筆頭とするメイドたちからは非難されたが、わざわざ自分で探してきて雇ったのである。


 今まで屋敷にいるのは女性ばかり(一部エルフを除く)だったし、正直言って色々と辛い部分があった。

 やはり相手が男なら変な気を使わないで済むので楽だ。

 彼らがよければ今後も屋敷で雇おうと思っている。


 綺麗どころが多い職場となると、若い男だと変な気を起こす可能性もあるので、全員が五十以上のベテランで妻子持ちだ。

 いや、別に俺の眷姫たち以外なら恋愛してもらっても構わないのだが……。


『くくく、嘘を吐くでない。いずれ一人残らずペロリと美味しくいただくつもりじゃろう』


 ねーよ。


「長旅、ご苦労様、ゆっくり休んでくれ」


 俺は御者にも声をかける。

 こちらも臨時で雇ったのだが、今までの旅でも世話になっており、専属にしてもいいかもしれない。

 小柄で人懐っこい印象の四十ぐらいのおっさんだ。


 ……そういえば、帰りはまったく顔を見かけなかったな?


 なぜかフードを被っていて、今も表情を窺うことができない。

 というか、こんなに顎が小さくて肌に艶があったっけ……?


 御者はおもむろにそのフードを脱いだ。

 すると燃えるような赤い髪が露になり、


「ふふふ、ここがお姉様とお義兄様の愛の巣なのですね」

「……は?」


 そこにいたのはアイリスだった。







 どうやら御者と入れ替わっていたらしい。

 迂闊だった。

 ちゃんと出発前に確認しておけばよかったと、今更ながら後悔する。


「どのみち追いかけてきたでしょうし、危険な一人旅をされるよりはマシだったかも」


 と、アリア。

 確かにそうかもしれないが……。


 仕方ないので屋敷にあげてやった。


「アリアさんの妹? すごく似てる……」

「てっきり分裂したのかと」

「人間は分裂できねぇだろ……」

「本当によく似ていますね」


 クルシェたちが二人を見比べながら驚いている。

 一方、アイリスはなぜか俺をジト目で睨んできた。


「……お義兄様? なぜこんなにも女性がいるのですか? しかも美人ばかり」

「そ、それには深いわけがあってだな……」


 そういえば神剣(こいつ)の能力まではちゃんと話してなかったっけ。

 俺はこれまでのことを説明する。

 決して俺が浮気性なわけではないのだと、何度も強調しながら。


「なるほど。つまり彼女たちがその眷姫と……」

「そうなんだ」

「では他にもたくさん女性がいるのは?」

「うぐ」


 この屋敷にはメイドだけでなく、いつの間にか居ついてしまった居候も多い。

 エルフ四人衆に、領地から貢物として送られてきた獣人たち、そして最近では頼んでもいないのに屋敷の警備のためと神殿所属の聖騎士たちが派遣されてきている。もちろん女性ばかり。


「「「我らは眷姫候補です!」」」

「だからその気はねぇって!」


 アイリスは「なるほど」と頷いた。


「つまり、私にも眷姫になるチャンスがあるということですね!」


 そして怒るかと思いきや、目を輝かせてそんなことを言う。

 俺は頭を抱えるしかなかった。


『姉妹丼(しっまいっどんっ)! 姉妹丼(しっまいっどんっ)! 姉妹丼(しっまいっどんっ)!』


 やめろ。







 王都に戻ってきて数日が経った。

 俺は今、レアス神殿の支殿にやってきている。


 支殿といっても、王都にあるだけあって、レアスある本殿に匹敵する規模の大神殿だ。

 その礼拝堂の一つを貸し切って、俺はアリアと向かい合っていた。


「……綺麗だ」


 自然とそんな声が零れてしまう。


 アリアは純白のドレスに身を包んでいた。

 赤髪とのコントラストが美しいそれは、ウェディングドレスである。


 そう、俺とアリアは今、結婚式を挙げているのだ。


「あなたもいつにも増してかっこいいわ?」

「そ、そうかな?」


 俺は自分の身体を見下ろす。

 この日のためにオーダーメードで作ってもらった衣装なのだが、正直言って服に着せられている感が否めない。

 貴族の美青年が身に着けるようなやつなので、俺みたいな平民のおっさんに似合うはずもないのだが……。


「それに……とても嬉しいわ。あなたの一番になれて」


 頬を少し主に染めて微笑むアリア。

 誰よりも可愛らしい新婦を前に、俺は今更ながらドキリとしてしまう。


 諸々の事情を鑑みて、大々的に執り行うことはできず、参列者もごく一部の近しい者たちだけだ。

 この結婚自体、今はまだ公にすることもできない。

 それでも真っ先にアリアとの式を行うことが重要だった。


 結婚するなら最初はアリアと。

 俺はそう決めていたからだ。


 本当は彼女の故郷でやる案もあったが、領地が未だ混乱から抜けきっていない状態では余計な負担をかけることになってしまう。

 そこで事情を知る聖女エリエスの完全管理下にあるこの神殿で、秘密裏に式を挙げることにしたのだ。


 エリエスが最上級の礼拝堂を俺たちのために用意してくれたこともあって、参列者の少なさを感じさせない素晴らしい雰囲気だ。

 アリアも気に入ってくれているようだし、きっと最高の結婚式になるだろう。


「うむ、それではこれより式を始めるのじゃ!」


 あとは聖職者が変態幼女じゃなければな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る