第16話 どうか美味しくいただいてください

 アイリスは鼻息を荒くしながら滑らかな肢体を寄せてくる。


「さあ、お義兄様……どうか美味しくいただいてください……」

「待ちなさーいっ!」


 どごーんっ!


 突然の轟音とともにドアが蹴り開けられ、向こうからアリアが現れた。

 どうやら無事に浴室から脱出したらしい。

 しかしバスローブがはだけ、ほとんど裸だ。

 アリアはそれを気にすることもなく、額に青筋を浮かべて叫ぶ。


「ちょっと何やってるのよ、アイリス! わたしを浴室に閉じ込めようとしたのはあなたね!?」

「お姉様……っ! 邪魔をしないでください……!」

「するわよ! なんで姉の婚約者を寝取ろうとしてるのよ!? それにルーカス、あなたもあっさり身体を許してるんじゃないの!」

「俺まで咎められた!?」


 そもそも許してなんかねぇ!

 アリアと間違えただけで……って、妹と見分けがつかなかったなんて言ったら絶対怒られる……っ!


『くくく、まさに不倫現場を妻に抑えられた夫。なかなかの修羅場じゃのう』


 楽しそうに言うんじゃねぇ!

 そんなことより助けてくれよ!


『妙案がある』


 本当かっ?


『二人一緒に美味しくいただいてしまえばいいのじゃ! いわゆる姉妹丼ってやつじゃの!』


 ……お前に少しでも期待した俺が馬鹿だったよ。

 てか、やっぱりロクな言葉じゃなかった。


 俺は慌ててアイリスを身体の上から押し退けようとするが、それを察知してか、アイリスが思い切り抱きついてきた。

 滑々の肌が完全に密着し、変な声が出そうになる。


「離れなさいよ!」

「嫌です!」


 アリアが無理やり引き剥がそうとするが、アイリスは抵抗してますます強くしがみついてくる。

 や、やめろ……それ以上は俺の理性が……。


『頑張れ頑張れ性欲! 理性なんぞぶっ潰せ!』


 黙れエロ剣。






 アリアと協力し、どうにかアイリスを身体から離すことができた。


「うー、お姉様のばかーっ!」


 思い通りにならず、アイリスはそう捨て台詞を残して涙目で部屋を出ていく。


『あ~あ、可哀想に。義妹を仲間外れにするなんて、酷い義兄と姉じゃのう』


 おいこら、俺たちが悪いみたいに言うんじゃない。


「まったく……あの子ったら、まだ治ってなかったのね」


 アリアが溜息をついている。


「治る?」

「昔からああなのよ。わたしのしていることは何でも真似したくなっちゃうみたいで。しばらく離れていたし、さすがにもう治ってると思っていたんだけど……」


 なるほど、だから剣技もアリアそっくりだったのか……。

 しかしいくら何でもセ〇クスまで真似しようとするなよ!


『こっそり覗いておったからのう』


 ……マジかよ。


『気づいておらんかったのか? てっきり、性教育のためにあえて見せておるのかと思っていったのじゃがのう? くくく』


 んなわけあるか!


「困ったわね……こうなるとあの子、かなり面倒くさいわよ」

「まぁ、明日には王都に戻るわけだし、さすがに諦めるだろ?」

「だといいんだけど」







「ルーカス義兄さん、アリア姉様、どうかお元気で」

「アルトもな。……何かあったらいつでも連絡してくれ。協力できることがあるかもしれないしな」

「はい! ありがとうございます!」


 翌朝、アルトたちに別れを告げ、俺とアリアは馬車に乗り込んだ。

 やはり最後までぐずったエレンは、今は母親に抱き締められてどうにか大人しくしている。


 御者が馬に鞭を入れ、馬車がゆっくりと動き出す。

 そうして彼らに見送られながら屋敷を出ると、馬車は街中を進んでいった。


「そういえばアイリスの姿が見えなかったな?」

「そうね。てっきり馬車の中に忍び込んで、こっそり付いてくるかと思ってたんだけど」


 アリアは車内を見回しながら言う。


「座席の中が空洞になってる様子はないし、不自然な荷物もないから、大丈夫みたいね」

「何それ怖い」


 幸い車内には誰かが身を潜めている気配もなかった。

 そこでハッとして、俺はアリアの顔をまじまじと見つめた。


「ど、どうしたのよ?」

「いや、本物のアリアだよなと思って」


 これでまたアイリスだったりしたらトラウマになりそうだ。


 アリアは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ふふ、本当かしら?」

「やめてくれよ……」


 さすがに日中の明るい時間に見間違えるはずもない。

 目の前にいるのは確かにアリアだ。


 ただ……なぜだろう。

 さっきから嫌な予感がするのは?



   ◇ ◇ ◇



「……さて。領主としてやることは沢山あるんだ。仕事に戻らないと」


 馬車が門を出ていくのを見送ったアルトは、感傷的な気分を切り替えるようにそう自分に言い聞かせながら、すぐに屋敷へ入ろうとする。


 そのとき、一人の男が中から慌てた様子で飛び出してきた。


「も、申し訳ございません、ルーカス様! 遅れてしまいました……っ! すぐに馬車を準備いたします!」

「え?」


 アルトが驚いたのは、彼は義兄と姉が乗る馬車の御者だったからだ。


「し、信じていただけるか分かりませんがっ、なぜか起きたら縄で手足を縛られていまして……っ、抜け出すのに時間が――」


 そこで彼も異変に気付いたようで、


「――あ、あれ? ルーカス様は……?」

「……もう出発してしまいましたけど」

「えええっ!? ですが、馬車は……」


 アルトは家臣たちと顔を見合わせる。


「確かに馬車には御者がいたはずですが……」

「顔は見ていません。雨よけのフードをかぶっていたので……」


 そうして首を傾げるのだった。


「じゃあ、あの御者は……?」

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