第14話 安らかに眠りなさい

「アリア、この剣で君も僕のアンデッドにしてあげよう! そうすれば君が苦しむ姿をずっと見続けることができるからねぇ! そして貴様もだァ! 二人そろってこの僕を貶めたことを永遠に後悔するがいい! あはははははっ!」


 ライオスが哄笑とともにそんなことを宣言する。


 ……こいつ、元からクソ野郎だったが、さらに酷くなってやがるな。

 魔剣の影響もあるだろう。

 兎人族のフラウもそうだったしな。


 ともかくあの魔剣をどうにかしないと。


「まずは貴様からだァァァッ!」


 ライオスが斬りかかってくる。


 しかし相変わらず読みやすい太刀筋だ。

 俺は軽く魔剣を捌こうとして、


「なっ?」


 突然、魔剣の刀身が伸びた。

 さらにウェヌスを躱すように弧を描き、俺の首めがけて切っ先が飛んでくる。


「ひゃははははァッ! もらったァッ!」

「ルーカス義兄さん!?」


 アルトの悲鳴が聞こえる中、魔剣の切っ先が俺の首を貫く――


「……ふう、危ないとこだったな」


 寸前で結界を展開して防いでいた。

 もう少し遅れていたら刺し貫かれていたところだった。


「ば、馬鹿なっ……」

「次はこっちの番だ」


 俺はライオスとの間合いを詰めると、魔剣を手にした腕を斬つける。


「がぁっ!」


 ……腕ごと斬り飛ばすつもりだったのだが、数センチ程度を斬り割くに終わってしまった。

 ライオスは大きく飛び退って距離を取ると、配下のアンデッドたちに怒声で命じた。


「あいつを取り押さえろォッ!」


 忠実なアンデッドたちが一斉に襲い掛かってくる。

 しかしその身体が突如として猛烈な炎の波に飲み込まれる。


「わたしを忘れてもらっては困るわ?」


 アリアの炎はアンデッドに強い。

 肉が焼ける嫌なにおいを漂わせながら、アンデッドたちは黒焦げと化して次々と倒れていった。


「アリアァァァッ! どこまで僕を裏切る気だァァァッ!」


 ライオスが魔剣を振るう。

 するとまたしても刀身が伸び、アリアへと襲い掛かった。

 その切っ先が彼女の心臓を貫く。


「ひゃはははっ! どうだァッ! これで君は永遠に僕のものだァッ!」


 ライオスが叫んだ直後、アリアの身体が炎へと変わる。


「な……」

「残念。あれは炎で作ったダミーよ」


 本物のアリアはライオスの頭上にいた。

 炎を纏う紅姫を振り下ろす。


 ザンッ、と骨ごと肉を断つ音。


 ライオスの右腕が魔剣ごと吹っ飛び、そして炎に包まれる。


「がぁぁぁぁっ!? アリアァァァァッ!」


 切断面から間欠泉のように血を巻き散らし、ライオスが絶叫する。


『まだじゃ、気をつけろ! 魔剣はまだ生きておるぞ!』


 ライオスの腕が炭化して真っ黒になった一方、魔剣はまったくの無傷。

 今だその禍々しさを失っていない。


 そのときまるで火に近づく虫のように、アンデッドたちが魔剣の元へと吸い寄せられていく。


 前回、魔剣が瓦礫でゴーレムを作り出したことを思い出した。

 まさかアンデッドで同じことをやるつもりか。


 俺はすかさず魔剣に接近すると、ウェヌスの切っ先を思い切り叩きつけた。


 バキィンッ! という音とともに、魔剣が真っ二つに割れる。

 アンデッドたちが糸の切れた人形のように動かなくなった。


「……やったか?」

『フラグっぽい台詞が……まぁさすがに今ので終わりじゃろう』


 見ると、アンデッドたちの身体が崩れ、灰になりつつあった。

 魔剣が破壊されたことで、不死状態を維持できなくなったのだろう。


「ゆ、許さ、ない……僕は、アリア……君を……」


 ライオスの身体も灰となっていく。

 魔剣によって使い手であるこいつ自身もアンデッドに変えられていたのだろう。


 しかし死の間際にあって、未だにアリアへの執着を失っていないらしい。

 地面を這って近づきながら、アリアに向かって手を伸ばす。


 アリアは紅姫を振った。


「あああああっ!」


 ライオスの身体が燃え上がる。


「……せめて安らかに眠りなさい」


 やがて完全に灰となったライオスへ、アリアはそう呟いた。


 一方、俺はアルトの縄を解いてやっていた。


「大丈夫か、アルト?」

「う、うわあああああんっ!」


 拘束が解けるや、アルトが泣きながら抱き着いてきた。


 領主と言っても、まだ十三歳。

 さすがに怖かったのだろう。


「よしよし、よく頑張ったな」

「ルーカス義兄さん……」


 思わず頭を撫でてやると、涙に濡れた目で俺の顔を見上げてくるアルト。

 ……いや、さすがに近すぎるって……しかも女の子にしか見えないし……。

 ついドキリとしてしまったのは仕方がないと思う。


「アルトったら、すっかり懐いちゃったわね」

「あっ……ごごご、ごめんなさいっ!」


 アリアの苦笑に、アルトが慌てて離れる。


『男の娘の眷姫、キターッ!』


 こねぇよ!


「た、助かったのか……」

「そうみてぇだな……」

「死ぬかと思ったぜ……」


 生き残ったギャングたちはすでに戦意を喪失しているようだった。

 その後、領兵によって大人しく連行されていった。


 そして彼らの証言により、アルトの誘拐には伯父、カイン=リンスレットが関わっていたことが発覚し、捕らえられた。

 さらにカインの派閥に属していた商業ギルドの幹部たちの多くが、ギャングと通じていたことも分かってきている。

 今回のことで分家は求心力を失い、弱体化は免れないだろう。


「一件落着だな」

『いいや、まだじゃ!』

「……?」

『新たな眷姫をゲットするまでが一件じゃろう!』


 だからこねぇって。


『くくく……眷姫候補はアルトだけとは限らぬぞ?』


 不穏なことを言うんじゃない。

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