第12話 そもそも自業自得でしょ
五度目にアリアが辿り着いた場所は倉庫のようなところだった。
広い空間の大半を積みあがった木箱が占めている。
「姉さん……っ!?」
「アルト!」
その奥にいたのは柱に縛り付けられた弟だった。
「よかった。無事のようね」
アリアは弟のもとへと近づいていく。
「だ、ダメです、姉さん! 早く逃げてください……っ!」
そうアルトが叫ぶが早いか、木箱の影に隠れていたのだろう、明らかに堅気ではない男たちが姿を現し、アリアを取り囲んだ。
もちろん彼らが潜んでいた気配くらい、察せないアリアではない。
驚くこともなく、平然と言う。
「弟を返してもらいに来たわ。そこをどいてくれないかしら?」
「「「っ……」」」
静かな口調ながら、同時に発せられた強い怒気が男たちを本能的にひるませる。
と、そのとき。
「久しぶりだねぇ、アリア」
倉庫の奥から現れたその人物に、アリアは思わず息を飲んだ。
「あなたは……まさか、ライオス……?」
リンスレット家を貶めたレガリア家。
その当主だったライザス=レガリアの嫡男であり、かつてアリアの騎士学院入学を妨害しようと目論んだ青年がライオスだ。
しかしすぐには同一人物だと分からなかった。
なぜなら随分とやつれ、金色だった髪が真っ白になってしまっていたからだ。
「ああ、そうだよ、アリア」
「……あれから噂すらも聞かなかったけれど、こんなところにいたのね……」
アリアに敗れた後、騎士学院を休学したらしいことは聞いていた。
だがそれ以来、戻ってくる様子もなく、学内で姿を見かけることはなかった。
「だけど、ギャングに入っているなんて……」
「入っている? くくく、それは大きな間違いだ。なぜなら僕がここのボスなのだからね」
「……随分と堕ちたものね」
もっとも現在、王妃殺しの真犯人であったことが分かったことで、レガリア家はすべての領地を召し上げられている。
彼はもはや貴族ではなく、逆賊の息子だった。
「……堕ちた? 誰のせいだと思っているんだッ!」
アリアの言葉が気に障ったのか、突然、ライオスが声を荒らげる。
「すべて君のせいだッ! あのとき君がこの僕を選ばなかったからだ……ッ! あれから僕の人生は完全に狂わされたんだ……ッ!」
「勝手に責任を擦り付けないでもらいたいんだけれど。そもそも自業自得でしょ?」
「黙れッ!」
ライオスは目を血走らせ、近くの木箱を殴りつける。
「……アリア、どうやらまだ状況が分かっていないみたいだねぇ?」
そして少し冷静さを取り戻したのか、口端を歪めながら身動きの取れないアルトのところへと歩いていく。
その腰には剣が提げられていた。
「弟を五体満足なまま返してほしければ僕の言うことを聞いてもらおうか」
「……」
「そうだねぇ……まずは地面に跪いて謝ってもらおうか。あのとき僕の求愛を受け入れなかったことを」
ライオスは剣を抜くと、いつでも人質を斬れるのだと主張するかのように左右に振った。
その顔に張り付いた嗜虐的な笑みは、謝罪しただけで済ませるつもりはないことを物語っている。
実際ライオスは二人とも生かして返す気などなかった。
しかし助かる希望を見せておくことで、徐々に絶望へ堕ちていく様を楽しむことができる。
だがその予定は初手から完全に崩れることとなった。
「嫌よ」
アリアがそうきっぱりと告げたのだ。
「なんでそんなことしなくちゃならないのかしら? わたしは何も間違ったことなんてしてないもの。今でもはっきりと言えるわ。絶対にあなたなんて選ぶことはない、って」
相手の精神を逆なでするような言葉に、ライオスの目に再び凶悪なまでの怒気がこもった。
「状況が分かってないのか、このくそ女……ッ! ……少し遊んでやろうと思っていたけど、やめだ! おい、お前ら! この女を犯し尽くせ!」
その命令に沸いたのは配下のギャングスターたちだ。
「ひゅう! マジでヤっちゃっていいんすかっ?」
「オレ、こういう気の強い女をめちゃくちゃにするの好きなんっすよねぇ!」
ライオスはくつくつと喉を鳴らした。
「ああ、もちろんだ。もはやこんな穢れた女などに興味はない」
それから昏い声で、
「……たとえ泣いて赦しを請うても、僕は絶対に君を許さない。君はこれから死ぬまでずっと、こいつらの肉奴隷だ。……ああ、そうだ。死んだらあの男のところに返してあげよう。変わり果てた君の姿を見て、どう思うだろうねぇ?」
「あ、アリア姉さん! 僕のことはいいから、早く逃げてくださ――――ッ!」
ライオスが剣の切っ先をアルトの喉首に突き付ける。
「もちろん、君が頑張れば無事に解放すると約束しよう。君は領主である弟の命と自分の身体、どっちが大切なんだい?」
無論そんな約束を守る気はない。
自分の身体を犠牲にしたアリアが、これで弟が助かると安堵したところで、目の前で殺してやるのだ。
「くくく……そのとき君がどんな反応をするのか、楽しみだ……」
ライオスが密かに嗤う中、ギャングスターたちがアリアに近づいていく。
やはり弟を人質に取られて動けないでいる彼女の肩に、先頭の男の手が触れ――
「あぢぃっ!?」
突然、その男が悲鳴を上げた。
見るとその腕が赤々と燃えている。
「ねぇ、ライオス。あなた、馬鹿なの? 謝るだけでも嫌なのに、こんな気持ちの悪い男たちの相手なんてするわけないじゃない。少し考えたらわかるでしょ? それに端からアルトを解放する気がないことくらい、その醜く歪んだ顔を見てれば分かるんだけれど」
「アリアァァァッ! ……もういいッ! こいつの悲鳴を聞いて後悔するんじゃないぞ!」
ライオスは剣を振り上げた。
思わず目を瞑るアルトへ、鋭い斬撃が迫る。
キィィィンッ!
だがそれは別の剣によって受け止められていた。
「な……き、貴様、どこから……っ!?」
ライオスが目を見開く。
アルトを護ったのは、あの憎き男だった。
「大丈夫か、アルト?」
「る、ルーカス義兄さん!?」
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