第11話 愛で繋がってるものね?

「彼女の目の前でなければ意味はない……まずは弟が目の前で無残に殺されるのを見せてあげるんだ……そうすればきっと彼女も悟るだろう……自分のした選択が誤りだったと……。だけど、今さらもう遅いんだ……次は君の番だ……そうだ、泣いて、叫んで、苦しめっ……でも僕は許さないっ……くくくくっ……くははははははっ……」


 ぶつぶつぶつと憎しみに満ちた顔で呟いていたかと思うと、今後は大声で笑い出す。

 感情の変化が激し過ぎる。

 精神に何らかの異常をきたしているに違いないと、アルトは推測する。


 依頼主のはずが知らなかったのか、「リゲイルのボスはこんな男だったのか……」という顔で目を剥く伯父。

 一方、アルトは心の中で祈るのだった。


 姉さん……絶対に来ないでください……!



    ◇ ◇ ◇



「アルトが拉致された……っ?」

「そんな……」


 倒れた家臣の口から語られたことに、言葉を失うアリア。

 しかしさすが侯爵家の娘、すぐに気を持ち直して問う。


「誰がやったか分かる?」

「おそらく、ギャングの連中かと……」


 周囲にはそれらしき男たちも倒れていた。

 恐らく先ほど路地ですれ違ったのも同類だろう。

 あれは逃げる途中だったらしい。


「どっちに連れて行かれたかは分かる?」

「も、申し訳ありません……そこまで、確認ができず……」


 アルトの護衛についていたのは、剣の腕に覚えのある者たちばかりだ。

 それでもアルトを護り切れなかったことを考えると、相手はかなりの人数を用意して事に及んだと推測される。


 つまり規模の大きなギャングなのだろう。

 たとえアルトが連れ去られた方向が分かったとしても、そんな連中が素直な逃走ルートを取っているとは思えないな。


 クウがいれば匂いで辿れたかもしれないのだが……。






 翌日、アルトを拉致したと思しきギャングから書状が送られてきた。


 そこには領主が無事であることと、解放する条件交渉に応じる用意があると書かれてあった。


 相手は犯罪組織だ。

 どんな条件を吹っかけてくるか分かったものではないが、アルトを人質に取られてしまった以上、こちらとしては素直にその交渉に乗るしかない。


 交渉人は重役だ。

 当然、家臣団の中から最も優秀な者たちが行うことになる――はずだったが、


「交渉人にアリアを指定する、だと?」


 どういうわけか、そのように記されていたのである。


「なぜわたしなのかしら?」


 正直、首を傾げざるを得ない。

 確かにアリアはアルトの実の姉であり、一家の最年長でもある。

 しかし領地の経営には一切携わってはいない。

 今はたまたま実家に帰ってきているだけだ。


 帰省の噂は街中に広がっているので、当然ギャングも聞き及んでいるだろうが、なぜアリアを指定してきたのか、皆目見当もつかなかった。


「……でも、相手がそう指定してきている以上、応じるしかないわね」


 向こうが指定してきたのは今日の夕刻。

 限られた時間で色々と話し合ったが、アルトの命が懸っているため、できる限り相手を刺激したくはない。

 結局、大人しく言う通りに従うことになった。



   ◇ ◇ ◇



 アリアは単身で、指定された時刻に指定された場所へと向かっていた。


 必ず一人で来るように。

 護衛も付けてはならない。

 もし破れば領主の命はない。


 書状に書かれていた指示にも従っている。

 離れた位置に護衛を置くことも検討されたが、万一見つかってしまったときのことを考えてそれも断った。


「……やっぱりあちこちに監視をつけているみたいね」


 通行人を装ったり、身を潜めたりしているが、所詮は素人だ。

 アリアの鋭い察知能力をもってすれば、誰がギャングの構成員かは丸分かりだった。


 やがて指定された場所に辿りつく。

 そこで待っていたのは一人の男だった。


「この時間までにここへ行け」


 そう言って見せられた用紙には、時間と場所が書かれていた。


「覚えたな?」

「ええ」

「ならばそこのドアから出ろ」


 アリアは言われた通り、入ってきたところとは別の入り口から外に出た。

 男の役目はそれだけだったのだろう、付いてくる気配はない。


「なるほどね。これで本当の指定場所のことはわたししか知らない、ってわけ」


 場合によっては、この場所を襲撃することも考えていた。

 だがここにアルトはいない。

 完全な無駄足に終わっていただろう。


 アリアは次に指定された場所へと向かう。

 しかしそこでも別の男に次の場所を指示されただけだった。


「この先に裏口がある。そこを使え」

「分かったわ」


 そしてまた別の出口から出るように言われる。

 もし護衛をつけていたとしても、恐らく自分のことを見失っていることだろう。


「なかなか手が込んでいるわねー」


 ……もっとも、自分たちには何の意味も無いのだが。



    ◇ ◇ ◇



 これで三回目か。

 結構、慎重だな。


「俺のことを警戒している……って可能性は……ないこともない、か」


 アリアを名指ししてきたのだ。

 当然、俺のことも知っているだろう。


 となれば、やたら誇張された俺の話も聞き及んでいるはずだ。

 そのお陰なのか、相手も必要以上に警戒しているのだろう。


「だったら、なおさら変だよな? なぜアリアを?」


 もちろんたとえ交渉人が別の人間だったとしても、俺は協力を惜しまなかった。


「むしろこっちとしてはありがたいけどな。アリアを指定してくれて」

『そうよね。まさか、わたしがどこに移動してもあなたならすぐに分かっちゃうなんて、思ってもいないでしょうね』


 そうなのだ。

 どんなにアリアを見失うよう手段を講じたところで、俺には無意味なのだ。


『愛で繋がってるものね?』

「念話な」

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