第10話 君はなんて愚かなんだ

 先日は途中で切り上げざるを得なかったデート。

 アリアに変装してもらい、再チャレンジしていた。


 やっぱ最大の特徴が赤い髪だからな。

 大きなつばが付いた帽子を被り、隠すようにしたのだ。

 何度か気づかれそうになることもあったが、今のところバレずに上手くいっている。


「それにしても、何だか少し街に元気がないわね?」

「そうか?」


 アリアがふと口にした言葉に、俺は首を傾げる。

 俺にはこれでもかなり活気があるように思えるのだが。


「前はこんなものじゃなかったわよ。それに……浮浪者が多いわ」

「確かに、ちょくちょく見かけるな」


 どこの街にも浮浪者はいる。

 だからそれほど気にはならなかったのだが、豊かな商業都市であることを考えると、少々多いかもしれない。


 と、そのとき、どこからか悲鳴や怒号のようなものが聞こえてきた。


「随分と騒がしいな」

「何かあったのかしら?」


 俺たちは頷き合うと、すぐに声がする方へと走り出した。

 アリアは土地勘があるので裏路地などを利用したのだが、その途中、怪しげな男たちとすれ違った。


「何だ今のやつら? 明らかに堅気じゃないな……?」

「もうすぐそこよ!」


 路地から飛び出し大通りへ出た。

 するとどこかで見たことのある馬車が横倒しになっていた。

 人が倒れている。


「うちの馬車よ! アルトが乗っていたはず!」


 駆けつけると、倒れた人たちの中に、屋敷で見たことのある家臣がいた。

 その内の一人が掠れた声を上げる。


「あ、アリア、さま……」

「大丈夫!?」


 酷い怪我を負ってはいるが、どうやら彼はまだ息があるようだ。

 すぐにポーションをかける。


「……た、大変ですっ……りょ、りょ、領主様がっ……」

「落ち着いて、アルトに何があったの?」



    ◇ ◇ ◇



「心配は要らないさ。どのみち後で殺すのだからね」


 男はさも当然といった素振りで言った。


「だったらなぜわざわざ生かしているっ?」


 怒声で応じたのはアルトの伯父、カイン=リンスレットだ。

 リンスレット家の分家の現当主であり、商業ギルドの方針を決める議会でも中心人物として強い力を持っている。


「伯父さんがギャングと繋がっていたなんてっ……」


 アルトは強い怒りと、それ以上の落胆を覚えた。


 元よりあまり尊敬できる人物ではなかった。

 商売の道へと進んだ彼は、領主の一族であるというアドバンテージを存分に生かしながら莫大な利益を上げると、節制を尊ぶ剣士の心得など忘れ、豪遊生活を送っているからだ。

 昔は剣の腕も悪くなかったらしいが、今のこの体型ではもはや魔物と戦うこともできないだろう。


 それでも血の繋がりがある実の叔父であり、何よりアルトが尊敬する父の兄でもあることから、一定の敬意を払ってはいたのだ。


「こんなやり方で領主の座を奪おうなんて……恥を知れっ!」

「ふん、貴様みたいな小僧には分からぬだろう。大事のためなら手段など選ぶ必要はない」

「大事だって……っ?」

「元々、当主の座は兄であるわしが継ぐ予定だったのだ。あるべき形に戻るだけだ。それに剣しか能のないお前たちと違って、わしは商売を知っている。わしこそが領主に相応しい。……いや、お前はその剣の腕もお粗末なのだったな」

「っ……」


 伯父の嘲りに言い返すことができず、アルトは悔しさに顔を歪めた。


「心配するな。わしは誰も屋敷から追い出す気はない。ちゃんと面倒を見てやるつもりだ。……お前の母親もまだ若いしなぁ? 十分楽しめそうだ」

「ふ、ふざけるなっ! お前なんか――がっ!?」


 アルトの無防備な腹部を蹴りつけてから、伯父は何事もなかったかのように再び男を問い詰めた。


「それで、ちゃんと聞かせてもらえるのだろうな? わしの依頼に逆らって、殺さずに捕えた理由を」

「逆らってはいない。殺せと依頼されただけで、別に過程は指示されていないからね」

「貴様……」

「餌だよ、彼は」

「……餌だと?」

「そう、彼女を誘き寄せるためのねぇ」

「か、彼女……?」


 白髪の男が立ち上がった。

 妖しい輝きを帯びた目はすでにアルトの伯父など見てはいなかった。


「ああ、アリア! 君はなんて愚かなんだ! あのとき、あんな男に誑かされて、この僕を選ばなかったなんて……っ! だから僕は君にお仕置きをしなくちゃならない! 穢れてしまったその身体に、たっぷりと自分の過ちを教え込ませてあげよう! だけどどんなに泣いて許しを乞うても、もう僕は君を許してあげることなんてできないんだっ!」


 まるで何かに憑りつかれたかのように叫び出す男に、アルトも伯父も唖然とした。


 もちろんギャングのボスをやるような人間が真面であるはずがない。

 しかし思っていた以上にヤバイ男だと、アルトは伯父への怒りも忘れて戦慄する。


 何よりその口から姉の名が出てきたことに、言い知れない恐怖を覚えた。


「それにしても……さすが、弟だけあって、君はアリアによく似ているねぇ」


 血走った目がじろりとこちらを向く。

 その手が首へと伸びてきて、アルトは思わず「ひっ」と悲鳴を漏らしてしまった。


 バシンッ、と激しい音が鳴った。

 男が伸ばしかけた自分の腕を殴り、叩き落としたのだ。


「ダメだ……っ! その顔を見ていると、今すぐグチャグチャにしてしまいたくなる……っ!」


 唖然とするアルトの前で、男は独りごつ。


「彼女の目の前でなければ意味はない……まずは弟が目の前で無残に殺されるのを見せてあげるんだ……そうすればきっと彼女も悟るだろう……自分のした選択が誤りだったと……。だけど、今さらもう遅いんだ……次は君の番だ……そうだ、泣いて、叫んで、苦しめっ……でも僕は許さないっ……くくくくっ……くははははははっ……」

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