第9話 義兄さんのように強ければ
「はぁ……」
馬車に揺られながら、アルトは思わずため息を吐いた。
「なかなか上手くいかないなぁ……」
彼は連日のように商業ギルドの中心人物たちの下へと足を運んでいた。
商業が盛んなここリオーゼにおいて、領主に並ぶ力を有しているのが、商人たちを統括している商業ギルドである。
ゆえに彼らの舵取りは、領主として避けては通れないものだ。
しかし新米領主であるアルトは、商業ギルドから侮られてしまっているのが現状だった。
今日の面会でも上手くあしらわれてしまい、思うように話を進めることができなかった。
ギルドとの軋轢は今に始まったことではない。
商業の街を治めるリンスレット家は、剣で名を上げた一族であり、決して商売の道には明るくない。
そのため過去にも領主と商業ギルドは衝突を繰り返してきた。
それでも人間というのは誰しも、強く勇敢な人間に憧れを抱くものだ。
代々の領主は、その圧倒的な武勲によって領民から慕われ、ゆえに商業ギルドからも対立はしつつも一定の尊敬を持って遇されるのが常だった。
だからこそ、時に利に走り、暴走しがちな彼らを抑えていられたのである。
だが新領主である自分はどうだと、アルトは自問するなり、嘆息が零れる。
年齢も経験も剣においても、慕われる要素など一つもない。
さらに問題をややこしくしているのが、リンスレットの分家の存在だ。
剣から商売の道へと鞍替えし、現在は商業ギルドで強い影響力を持っているのだが、アルトのことを認めず、それどころか新領主を分家から出すべきだと主張しているのだった。
「僕もルーカス義兄さんのように強ければなぁ……」
いっそのこと領地を彼に譲ってしまおうか?
そんな思いが脳裏を過る。
「きっとギャングなんて怖れたりしないだろうし」
現在この都市が抱えている最大の問題は、闇市場で力を持つ複数の犯罪集団――ギャングのことだ。
暴力や恐喝、違法な商品や奴隷の売買など、金と力のためには手段を選ばない連中で、古くから歴代の領主たちを悩ませてきた。
しかし剣の一族の矜持を賭けた撲滅作戦が功を奏し、近年は衰退の一途を辿っていたのだが……。
レガリア家が治めていたここ数年の間に、再び勢力を盛り返してしまったのである。
ギャングの興隆と反比例するかのように、領地の治安は悪化し、経済も以前と比べて元気が無くなってきている。
これ以上、連中をのさばらせておくわけにはいかない。
「まったく、嫌なものを残してくれたよね……」
ギャング排除のためには商業ギルドの協力が不可欠だ。
だがアルトが訴えかけても、まるで応じる姿勢を見せないのである。
「あまり使いたくはなかったけれど、こうなったら最後の手段に出るしか……」
と、そのときだった。
突然、馬車が急停止し、アルトは正面の壁に激突しそうになった。
「何があった?」
「アルト様! 奴らがいきなり飛び出してきまして……っ!」
窓から外を見ると、数人の男たちが馬車の前に立ちはだかっていた。
見ただけで明らかに堅気ではないと分かる連中だ。
武器を持っており、今にも襲い掛かってきそうな気配。
これまでも幾度か襲撃に遭ったことはある。
だが白昼堂々というのは珍しい。
「貴様ら、領主様の馬車と知っての狼藉か!」
「ただでは済まぬぞ!」
家臣や護衛の兵たちが剣を抜いて威嚇する。
彼らは皆、リンスレット流の剣の使い手たちで、その実力は指折りだ。
数こそ相手の方が多いが、これくらいの差であれば問題にもならないだろう。
「っ……これは……」
数人などではなかった。
あらかじめ待ち伏せていたのだろう、あちこちから次々と武器を手にした者たちが姿を現す。
ざっと見渡しただけで百人近い数だ。
「ギャングかっ……?」
新領主がギャング潰しに躍起になっていることは、彼らも認識していただろう。
ならば潰される前に潰してやろう、連中がそう動いてくることくらい、想定していて然るべきだったのだ。
「だけどなぜ僕がこの場所をこの時間に通過することが分かったんだ? これだけの数を集めるとなると確かな情報が必要なはず。一部の家臣と、商業ギルドしか……っ!? まさか……」
商業ギルドがギャングと繋がっている。
ギルド全体がそうだとは信じたくないが、少なくともギルドの中にギャングと蜜月な関係にある者がいるのだろう。
それに思い至って戦慄したそのとき、襲撃者たちが雪崩のように躍り掛かってきた。
「くっ……だけど僕だってリンスレット家の人間だ!」
アルトはそう自分に言い聞かすように叫ぶと、剣を抜いて馬車から飛び出す。
「アルト様! 我々が血路を開きます!」
「これだけの数です! すぐに事態に気づいて応援が来るでしょう!」
家臣たちの言葉にも勇気づけられながら、アルトはこんなところで死ぬわけにはいかないと、強く剣を握り締めた。
アルトは目を覚ました。
「っ……ここは……?」
そこは倉庫らしき場所だった。
何が入っているか分からない木箱があちこちに積まれており、アルトの視界を遮っている。
そのため全貌を見ることはできないが、恐らくそれなりの広さがある。
手足を縛られ、椅子に座らされていた。
すぐ近くにソファに腰を沈める男がいた。
「目が覚めたか」
「……お、お前は……?」
「リゲイルのボス、と言えば分かるだろう?」
「っ……お前が……?」
リゲイルは新興ギャングだが、他の老舗ギャングをも吸収しながら、現在もっとも力を持つと言われていた。
しかし、十三歳の領主が言うのもおかしいかもしれないが、そんなギャングを率いているにしてはまだ若すぎる男だった。
だが頭髪はほとんど真っ白で、随分とやつれた顔をしている。
なのに目だけはギラギラと野性的な光を放っており、一目見てまともな人間ではないとアルトは直感した。
「おいっ! これは一体どういうことだ! わしはこいつを殺せと依頼したはずだぞ!」
そのとき恰幅のいい中年男が声を荒らげて倉庫に入ってきた。
見たことのある顔だ。
それもそのはず。
彼はリンスレット家の分家の現当主。
アルトから見れば伯父にあたる人物だった。
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