第8話 なんなら母娘丼というのも

 朝食を終えた後、俺はアリアと一緒に親父さんの墓参りに行くことになった。


 墓地は教会の裏手にあった。

 そこには代々の領主が眠る一画があって、その中に白大理石でできた立派なお墓が造られていた。

 罪人の墓を設けるわけにはいかず、ほんの少し前にできたばかりだという。


「お父様……」

「この人がアリアの親父さんか……」


 生前のアレン=リンスレットを模したと思しき彫像が台座の上に立っていた。

 アルトが言っていたように筋骨隆々の男らしい身体をしており、髭の濃い、なかなか威圧感のある顔で前方を睨んでいる。


 もし生きていたとしたら、こんな人に娘さんをくださいなんて言わなければならなかったのか……。

 なんか怒って斬り掛かってきそう。


 下手をすれば死んでいても斬り掛かってくる気がした。

 彫像も剣を手にしているし、かなり精巧にできているせいか、今にも動き出しそうな雰囲気があって怖い。


 ともかく、心の中で祈るように報告する。


『……なるほど、貴公がルーカス辺境伯か』


 っ? 今、声が聞こえなかったか……?

 いや、幻聴だ。そうに違いない。


『貴公のお陰で、私の濡れ衣が晴れ、一族は名誉を取り戻すことができた。心から礼を言おう』


 やばいマジで声が聞こえてくる……。

 けど思っていたより好意的だぞ。


『娘のことも感謝している。自分の娘だ。今どれだけ幸福を感じているのか、顔を見ただけで分かる。もちろん貴公にならば我が娘を託すことに異論はない』


 あ、ありがとうございます。


 俺はほっと胸を撫で下ろす。

 思っていた以上に物分かりのいい人(幽霊?)でよかった。


『だが一つだけ貴公に頼みがある』


 た、頼み……?


『うむ。それは若くして未亡人となってしまった私の三人の妻たちのことだ』


 えっと……?


『娘を娶るついでに、彼女たちも娶ってはくれないか?』


 ……は?

 ついでって。

 なに言ってんだ、このおっさん?


『聞けば、貴公は娘以外にもたくさんの女子を囲っているそうだな』


 うっ……い、いやそれには色々と事情があって……。


『ならば新たに二人三人増えたところで問題はあるまい。貴公からすれば年齢的な抵抗もないだろう』


 問題ないわけねぇ。

 ていうか、アリアの親父さんがこんなこと言ってくるか?

 確かに妻を三人抱えているくらいだし、その辺には寛容なのかもしれんが、さすがにおかしいだろ。


『くくく……熟した女というのも、若い娘では味わえぬ楽しみがあるというものじゃぞ』


 じゃぞ?

 それに今のイヤらしい感じの笑い方は……。


『なんなら母娘丼というのも――――ぎゃっ!?』


 俺はウェヌスの刀身をぶん殴った。


 やっぱお前か!

 途中から明らかにおかしいと思ったよ!

 娘と一緒に妻もって、そんな提案してくるわけねーだろ!

 墓参り中くらいエロは自粛しやがれ!


『だって我は母娘丼が見たいのじゃ~! もしくは姉妹丼でも構わぬ!』


 何でお前の要望に応えなきゃならないんだ……。

 てか、「おやこどん」とか「しまいどん」って何だよ?


『よくぞ聞いてくれた! 母娘丼とは――――んぎゅっ?』


 いやいい、説明しなくて。


「ルーカス? どうしたの?」

「……何でもない」


 墓参りを終えた俺たちは、ぜひ故郷を案内したいというアリアの希望もあって、しばらく街を歩いてみることになった。つまりデートだ。


「あっ、あのお店。アリアスがどうしても欲しいっていうものがあって、二人でお小遣いをためて買いにきたところよ」

「へぇ、良いお姉さんしてたんだな」


 今より幼い二人がお小遣いを握り締め、ようやく欲しいものを買える喜びから弾けるような笑顔で店に入っていく。

 そんなイメージから、きっと玩具とか洋服、あるいは装身具の類いだろうかと思いつつお店を見てみると……武骨な店構えをした武器屋だった。


「剣を買ったの。どうしても自分だけのものが欲しいって」

「……さすが剣術姉妹だな」


 あと剣を買えるほどのお小遣いって……やはり侯爵家の娘だ。

 庶民の子供じゃ不可能だろう。


 それにしても……。

 生まれ育った街には、色々な思い出が詰まっているものだ。

 俺の知らないアリアのことを知ることができる良い機会だな。


 しかし少し人通りの多いところに入ると、すぐにデートどころではなくなってしまった。


「あっ、アリア様よ! やっぱり戻っておられたのだわ!」

「え? アリアス様じゃないのか?」

「違うわよ! よく似てらっしゃるけれど、あれは間違いなくアリア様だわ」

「アリア様、婚約おめでとうございます!」

「アリア様だって? 本当だ! お元気そうだぞ!」

「相変わらずお美しい!」

「しばらく見ない間にもっと綺麗になられているわ!」

「おい、あの隣にいるおっさんは誰だ? アリア様と手なんか繋ぎやがって……っ!」

「あの人がアリア様の婚約者の英雄様じゃないのっ? あんた、今の聞こえてたら不敬罪に問われるわよ! このバカ!」

「マジかっ、やべっ……ど、道理で良い男だと思ったぜ!」

「今さらフォローしても遅いって!」


 ……聞こえてるけど心配しなくていいぞ、おっさんなのは間違いないしな。


 噂があっという間に広がったのか、領民たちがどんどん集まってきてしまう。

 ちょっとアリアの人気っぷりを見誤っていたようだ。本人自身も。


「これは屋敷に戻った方がよさそうだな」

「……そうね」


 残念そうに肩を落とすアリア。


「まぁそう気を落とすなって。変装でもしてまた来よう」

「いいの?」

「ああ。俺もアリアが育ったこの街のことをもっと知りたいしな」

「ふふ、ありがと。ちゅっ」


 ちょっ、アリアさんっ、こんなみんなが見てるところでキスはやめて!


『いっそここで公開セック――――ぎゃん!?』


 こいつは墓に埋めてくるべきだったかもな。



   ◇ ◇ ◇



「……それは本当か?」

「ええ、ボス、間違いないようです。今、街はその噂で持ち切りです。領主の姉、アリア=リンスレットが男を連れて帰ってきたと――」

「く、くくく……くくっ……くははははははっ!」

「ぼ、ボス……?」

「ああ、アリア。君はなんて最高のタイミングで帰ってきてくれたんだ……」

「一体、何の話を……」

「……おい、計画を修正しろ」

「しゅ、修正ですか?」

「そうだ。その場で殺す予定だったが……殺さずに捕えるんだ」

「で、ですがそれでは、先方が納得するか……」

「どうせ後から殺すんだ。同じことだろう」

「わ、分かりました。ではそのように――」

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