第5話 手も足も出ませんでした

 目が覚めた。

 見慣れない天井だ。


 ……そうか、アリアの実家に来てたんだっけ。

 すぐに思い出して納得する。


 それから視線を横に向けると、アリアがすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。

 裸なのはもちろん、昨晩ヤったからだ。


 実家に来たその日のうちにするのはどうかとも思ったのだが……まぁちゃんと認められたわけだし、構わないよな?


 アリアはよく眠っているようなので、俺は一人で起き上る。

 服を着て部屋を出た。


 廊下を適当に歩いていると、威勢のいい掛け声と金属音が聞こえてくる。


「はっ! とぉっ!」

「てやぁっ!」


 声がする方に向かっていくと、やがて辿り着いたのは訓練場らしき建物だ。

 中を覗いてみると、二十人ほどの男女が剣を打ち合っていた。

 昨日会った家臣たちの姿もある。

 どうやら剣の稽古をしているらしい。


 いずれも熟練の腕前だ。

 さすがはリンスレット流剣術の発祥地だ。


 その中にはアルトとアイリスの姿、さらにはまだ幼い弟妹たちの姿もあった。

 アリアが言っていたが、リンスレット家の人間は小さい頃から必ず剣を習わされるのだという。


「ルーカス様っ?」


 と、そこで一人が俺に気づいて声を上げる。

 皆の視線が一斉にこちらに向いた。


「ど、どうも」


 アルトがすぐに駆け寄ってくる。


「おはようございます!」

「稽古中に悪い。声がしていたからつい気になって」

「いえ。それより昨晩はよく眠れ――」


 そこまで言いかけて、急に言い淀むアルト。

 なぜか目が泳いでいる。


「――し、失礼。よく眠れましたでしょうか?」

「ああ、お陰さまで」


 終わった後はすぐに寝てしまい、朝までぐっすりだったので嘘は吐いていないだろう。


 それにしてもアルトの顔が随分と赤いが……いや、訓練中だったからか。


「そ、それは良かったです……えっと……あっ、そうです、よろしければ参加されませんか?」

「え? 俺が?」

「はい! 姉上があれほど絶賛する腕前を、ぜひ見せていただきたいのです」


 あれは誇張し過ぎなんだって……。


「おおっ、それは妙案だ!」

「ぜひわたくしも見てみたいですぞ!」


 しかしすでに断れない雰囲気になっている。


 見せると言っても何をすればいいんだ?

 素振りでもすればいいのか?


「そうですね……せっかくですし、模擬戦はいかがでしょう?」

「も、模擬戦……?」


 いやいやいや、ちょっと待ってくれ。


 正直言って、俺は純粋な剣の腕自体は大したことがない。

 今でこそアリアに教えてもらってそこそこ上達したが、それまでずっと無駄の多い我流だったのだ。

 彼らとまともな試合ができるとは思えなかった。


 せめてウェヌスがあればと思うが、生憎と部屋に置いたままだ。

 すぐに取りに行って……と思っていると、


「どうぞ、お使いください。刃を潰している模擬戦専用の剣です」


 アルトから剣を渡された。

 そもそも真剣でやるわけではないらしい。

 これではウェヌスを使うこともできないぞ。


 ……マズい。

 もしここで惨敗を喫したりしたら、俺の評判は地に落ちるだろう。

 アリアが持ち上げ過ぎていた分、強く幻滅されるに違いない。


 そんな俺の内心など知る由もなく、我先にと立候補の手が上がった。

 アルトは彼らを見渡してから、


「えっと……じゃあ、ザットからということで」

「はい!」


 最初に相手をすることになったのは、二十代半ばのまだ若い青年だ。

 いかにも真面目そうな彼は、代々リンスレット家に仕える家柄らしい。


 リンスレット流剣術を始めたのは五歳の頃だとか。

 つまりこの道二十年のベテランだ。


 俺なんてまだ一年ちょっとなんだが。


「ルーカス様、よろしくお願いします!」

「よ、よろしく」


 やるしかない。

 たとえ手に持っていなくても、神剣の効果で身体能力などは向上したままだ。

 なのでたとえ技術では負けていたとしても、なんとか勝負はできるだろう。


 俺は覚悟を決めて彼と対峙した。







 ……おかしい。


 およそ五分後。

 俺は思わず首を傾げていた。


 目の前には息を荒らげ、膝をつく青年の姿。

 その顔は苦しげに歪んでいるが、俺を見詰める瞳には強い尊敬の念が見て取れる。


「参りました! さすがは神剣の英雄様です! 手も足も出ませんでした!」


 敗北宣言。


 そう、どういうわけか俺は彼に勝ってしまっていた。

 しかもあっさりと。


 いや、決して彼は弱かったわけではない。


 絶妙な間合い。

 無駄のない洗練された動き。

 鋭い斬撃。

 素早い判断。


 それはまさに彼が一流の剣士の証だ。

 だが俺はそれらを物ともせずに容易く打ち破ってしまったのである。


「ジェンクと申します! よろしくお願いします!」

「あ、ああ」


 俺の驚きを余所に、すぐに次の相手が前に出てきた。


 今度はもう少し年齢がいっている。

 熟練と言ってもいいだろう。

 さすがにさっきのようにはいかないに違いない。


 ……と思っていたのだが。

 ほとんど苦戦することもなく勝ってしまったのだった。


 それからも次々挑んでくる相手に、俺は連戦連勝。

 気づけばこの場にいる半数近くを倒してしまっている。


「……もしかして俺、あいつなしでも普通に強い?」

「ルーカス様っ、本当に素晴らしいです!」


 アルトが興奮した様子で近づいてくる。


「姉上の話を聞いたときは少し言い過ぎだろうと思ってましたが、決して誇張などではなかったんですね!」


 思ってたのか。

 だが誇張なのは間違いないぞ。


「それに驚きました。まさか、リンスレット流を完全に使いこなしているなんて!」

「本当ですな。しかもアレン様とそっくりの剣でした」

「アレン様がいらっしゃったら、さぞや驚かれることでしょう」


 どうやら俺のアリア直伝のリンスレット流剣術は、本場でも認められるくらいになっていたらしい。

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