第4話 もう一度最初から話した方がいいわね

「こうしてわたしは彼のお陰で、無事に騎士学院に入学することができたのよ」


 アリアの舞台演劇ばりの語りがようやく終わると、大きな拍手が巻き起こった。

 みんな立ち上がっている。

 スタンディングオベーションというやつだ。


 その喝采を浴びせられているのは他でもない俺なのだが、アリアが盛り過ぎていたため他人の代わりに称賛されているような心地だ。

 正直この場から逃げ出したい。


「じゃあ続いて、第二部の学院生活編ね――」

「って、まだあるのか!?」

「だってまだ入学しただけよ」


 体感的に一時間くらい話していたと思うが、どうやら今の長さで入学試験に合格したところまでらしい。


 アリアは俺がぐったりしていることに気づいたのか、


「少し休憩にしようかしら?」

「そうしてくれ……」


 続けるのは続けるんだな……。


「ルーカス様、ぜひ僕も続きを聞きたいところなのですが……」


 アルトは心底残念そうに言った。


「仕事があるので、僕はこれでいったん失礼させていただいてもよろしいでしょうか?」

「あ、ああ。全然構わない」


 むしろありがたい。

 当主が不在になるってことはこの場は解散になるかもしれない。

 そのまま有耶無耶になってくれれば……。


「もちろん後で続きを聞かせてもらいます! そうですね、夕食のときにでも!」


 そうはいかないらしい。


「そうです。ぜひあの子たちにも聞かせてあげた方がいいでしょう」


 そんなことを言いながらアルトは数人の家臣を連れて部屋を出ていく。

 しばらくして代わりに入ってきたのは、若い女性とまだ幼い二人の少年少女たちだ。


「アリアおねーさま!」

「おねーしゃま!」

「エイラ、エレン!」


 二人は競ってアリアの胸の中へと飛び込んだ。


「元気にしてた?」

「してたよ!」

「してたー」


 少女は七、八歳といったところだろうか。

 一方の少年はまだ五歳くらいだろうか。


「お久しぶりです、アリアお嬢様。お帰りなさいませ」

「ただいま、エレナお母様」


 ……お母様?

 ああ、そうか。

 アリアの父親には妻が三人いるって言ってたな。


 さっきからいた美人はアリアを産んだ母親で正室、この美人は側室なのだろう。

 見た目の年齢は二十代半ばくらいだ。

 子供の年齢から考えて実年齢とそう変わらないのではないだろうか。


 それにしても美人ばっかりだな……。

 もう一人はまだ戻ってきていないらしいが、きっと美人に違いない。


「お嬢様が貴重なお話を聞かせていただけるとのことで参りました」

「おはなし!」

「おひゃなひー」


 さらにそこへ執事やメイドまで集まってくる。


「わたくしどももぜひ聞いておいた方が良いとのことで」


 アリアは嬉しそうに頷いた。


「もちろんいいわ! でも、それならもう一度最初から話した方がいいわね!」


 もう一度最初から!?

 ……勘弁してくれ。



   ◇ ◇ ◇



「ふぅ……」


 リオーゼの新領主アルト=リンスレットは、小さく息を吐くと、長時間、机に向かっていたことで硬くなった身体をほぐそうと軽く伸びをした。


「お疲れ様です、アルト様」


 そこへ見計らったかのように執事が紅茶を運んでくる。

 長年この屋敷に仕えてくれている執事長のセバスチャンだ。


「ありがとう」

「そろそろお休みになってはいかがですか?」


 言われて時計を見ると、いつもならすでに寝ている時間だった。

 今日は予想外の来客があったこともあって、まだ予定していたところまで進んでいない。

 だが先ほどから眠気に襲われ始めており、このままでは効率も悪いだろう。


「うん、そうするよ」


 アルトはそう頷いて、分厚い書物をゆっくりと閉じる。


 次期領主候補の筆頭ではあったこともあり、アルトは小さい頃から領主経営の基本を学んでいた。

 そのため突然の就任にも当初は幾らか自信を持っていたのだが、しかしいざ実践してみようとなると、上辺だけの知識だけではとても歯が立たないことを痛感した。


 だからこうして毎晩、領主の仕事を終えた後に勉強しているのだ。

 まだ十三歳だからと言って、領主となった以上、年齢は関係ない。

 リンスレット家の男として、アルトは強い決意を胸に抱いていた。


「ところで、ルーカス様とアリア姉さんは?」

「すでに寝室の方でお休みになられているかと」

「セバスには飛竜に空錬かもしれないけど、くれぐれも快適にお過ごしいただけるよう、お願いするよ」

「もちろんでございます」


 恭しく頭を下げる老齢の執事。


 姉のアリアから一時帰省するとの連絡を受けてから、アルトはずっと気が気ではなかった。

 領地の現状を考えれば、姉を政略結婚に利用するのが最善。

 しかしあの勝気な姉にそれを認めさせるのは容易ではないだろうと思っていた。


 そんな中、いきなり婚約者を連れてきたのだ。

 アルトは人生で最大の覚悟を持って、あの場に臨んだのだった。


「それがまさか神剣の英雄様だったなんて……」


 一家再興の大恩人というだけではない。

 国王陛下からも認められ、今や王家とも深いかかわりがあるという辺境伯。

 そんな人物が姉を娶ってくれるというのならば、何の憂いもなく他の貴族からの求婚を断ることができる。

 あるいは先方が認めるならば、もう一人の姉をという手も――


 領主の執務室を出て、アルトは屋敷の廊下を進む。

 静かなのは家人の大半がもう寝てしまっているからだろう。


 と、そこでふとアルトは廊下の先に誰かがいることに気づいた。


「あ、あのアリアお姉様が、こんな……」


 なぜかドアの前で身を屈めて、ドアノブの辺りに顔を近付けている。

 そして何かに驚いているようだった。


「……アイリス姉様?」

「っ!」


 アルトの二つ年上の姉だ。

 彼女はこちらに気づくと、逃げるように廊下の向こうへと走っていった。


「何をされていたのだろう?」


 そのドアの方へと近づいてみる。

 そこはこの屋敷で最上級の客室であり、今日は神剣の英雄が泊まっているはずだった。


 中から音が聞こえてくる。


「悲鳴……? それに、手を叩くような音が……」


 アルトは鍵穴から中を覗き込んだ。

 そこで彼が見たものは――

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