第3話 改めて紹介するわね
「父上の濡れ衣が晴れ、領地を取り戻すことができました。ですが現在、幾つもの問題を抱えている状態なのです」
十三歳の新領主、アルトは言う。
「幸いなことに、こうして昔から我が家を支えてくれている頼れる家臣たちもいますが、見ての通り僕はまだこの歳です。それにその……男らしくない見た目と頼りない剣の腕も相まって、一族の中には露骨に反抗の態度を示している者もいます」
どうやら領地を取り返しても、それで即ハッピーエンドとはいかないようだ。
俺のような人間には分からない苦労が沢山あるらしい。
俺にも一応領地があるのだが、すべて他人に任せているからな……。
「そんな中、姉上への求婚の話が幾つもきています。アリア姉様は昔から人気がありましたからね。年頃であり、父上が無罪だと分かったのですから、当然のことでしょう」
急にそんなことを言われながらも、当のアリアは平然とした様子で訊き返した。
「それでつまり、わたしにその話のどれかを受けてもらいたい、ということ?」
「さすがは姉上。察しが早くて助かります」
アルトは頷き、
「この混乱を治めるためは、姉上の力が必要なのです。ですから、こちらの方との婚約など認められません。弟としては心苦しいですが、今の僕は領主です。この領地を護ることを第一に考えなければならないのです」
そしてどうやら、それがこの場にいる者たちの総意らしかった。
どこの馬の骨とも分からない俺へ、威圧的な視線を向けてくる。
アリアの母親も険しい顔つきをしているし……これは予想以上に最悪な状況だな。
認めてくれる気配など微塵もなかった。
なのにどういうわけか、アリアはまったく動揺する素振りも見せない。
「一つ訊いていいかしら?」
「何でしょう」
「なぜ突然、こうしてお父様の汚名が晴れ、領地に帰ってくることができたのか知っている?」
アルトは「もちろんです」と頷いて、
「何でもかの神剣の英雄様が、真犯人がフーゼル王子と元侯爵ライザス=レガリアであることを暴いて下さったとか」
んん?
暴いたのはフィオラだぞ?
もちろん俺が遠因と言えば遠因だが……。
そんな疑問を抱いていると、アリアから念話がきた。
『違うわ。世間ではあなたが暴いたことになっているのよ』
……マジか。
「まだお会いしたことはありませんが、英雄様には足を向けて眠ることはできません」
「そうね。ところでその英雄様だけど、名前は知ってる?」
「当然です。バザ辺境伯ルーカス閣下……何でも平民出身でありながら、獣人たちの侵略を喰い止めたことで領地を与えられたとか」
アリアはその返答を満足げに聞いてから、再び告げたのだった。
「じゃあもう一度、改めて紹介するわね。こちら、神剣の英雄ルーカス。わたしの婚約者よ」
「「「申し訳ありませんでしたぁぁぁぁっ!!」」」
全員そろって床に付きそうなほどに頭を下げてきた。
「ま、まさか貴方がそのルーカス様だったとは……! 一族の恩人とは知らず、大変な無礼を働いてしまい、大変申しわけ――」
「い、いや、いいって。全然気にしてないから。だから頭を上げてくれ」
必死に謝ってくる彼らに気圧されつつ、俺は慌ててそう促す。
そりゃ、俺を見て英雄だとは思わないもんな。
俺だって思わない。
「というわけだから、断っておいてくれるかしら?」
「も、もちろんです!」
一時はどうなることかと思ったが、あっさりと認められてしまった。
ていうか、こうなると分かっていたからあんなに余裕だったんだな、アリア……。
それならそうと言っておいてくれたらいいのに。
アルトの方も同じことを思ったようで、
「……しかしアリア姉さん、そういうことなら先に教えておいて下さい……もっとしっかり準備してお迎えしたのに……」
「だからこそよ。余計な負担をかけちゃうでしょう? それに彼、あまり大々的なのは好まない人なの」
「そうですか……。それにしても、まさかアリア姉さんがルーカス様とそのような関係だったなんて……」
それからアリアは俺との出会いから今に至るまでを彼らに説明し始めた。
「迫りくるワイバーンの爪。わたしは死を覚悟したわ。お父様、ごめんなさい。名誉を取り戻すこともできず、こんなところで犬死する娘をお許しください。……だけどそのときだったわ。突然、わたしの前に誰かが割り込んできたのは。そして次の瞬間、ワイバーンの首が飛んでいたのよ」
「「「おおっ、さすが神剣の英雄!」」」
……いや、なんかかなり脚色されてないですかね?
「そのとき彼はこう言ったわ。『この出会いはきっと運命だ。俺はこれからも君を護り続けたい』」
言ってねぇ。
絶対そんな台詞、言ってねぇ。
しかも出会った直後にそれはないだろ。
どう考えてもヤバイおっさんじゃねーか。
「なんという素敵な出会いだ!」
「まさに運命!」
だがみんな感動している。
マジか。
さらにアリアの話は入学試験のときのことへ。
「わたしに近づいてくる男に、彼はこう言ったの。『俺の女に手を出すな』」
だから言ってねぇって!
「そしてついにはわたしを賭けて、たった一人で五十人もの男と対峙したわ。さすがに多勢に無勢。それに相手の卑怯な作戦もあって、劣勢に……。何度も倒れそうになりながら……だけど、彼は戦い切ったの。最後に立っていたのは彼だけだったわ」
アリアさん、それもう脚色どころじゃないですよ?
「「「うおおおおっ!」」」
「男の中の男! いや、漢だ!」
なのに一同、大興奮だ。
「……あなた、本当にいい人と出会ったのね……お母さん、嬉しいわ……」
アリアの母親はハンカチで涙を拭いていた。
『ふふ、ちょっとだけ盛っちゃったわ?』
ちょっととは……。
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