第七章

第1話 立派なヤリチンじゃのう

「……久しぶりね」


 馬車の窓から顔を出して、アリアが懐かしそうに目を細めている。


「でも、考えてみたらあれからまだ四年しか経ってないのね……。まさかこんなに早く戻ってこられるなんて、思ってもみなかったわ」


 それから彼女はこちらを振り返って、


「あなたのお陰よ、ルーカス」

「いや、俺は大したことはしてないって。むしろフィオラのお陰だろう」

「彼女を眷姫にしたのはあなたじゃない」

「そうだが……」


 したくてしたわけじゃないんだけどなぁ……。


 そんな俺の内心を察したのか、アリアは少し意地悪そうに笑って、


「それで一体、これまでに何人の女の子を大人にしてしまったのかしら?」

「……六人です」

『くくく、もはや誰が訊いても立派なヤリチンじゃのう!』


 うるせぇ。

 ってか、ヤリチンって何だ?

 ……きっとロクでもない言葉だろう。


「わたしはあなたに出会えたことで運命が変わったわ」


 そう言いながら、アリアは俺に身を寄せてくる。

 もう何回も抱いているはずなのに、その柔らかな感触と漂ういい匂いに、少しドキリとしてしまう。


 こんなに若くて可愛い女の子が、俺のようなおっさんを好いてくれているなんて。

 俺は夢を見ているのかもしれないと、何度思ったことか。


 だが一向に醒める気配はない。

 それどころか、ついにアリアの家族に挨拶をするところまできてしまった。


 俺とアリアは今、代々リンスレット家が治めてきた領地へとやってきていた。

 リオーゼと呼ばれる地域で、決して広くはないが商業が盛んで豊かなところだ。


 彼女の父・アレン=リンスレットが処刑され、一時は隣地を治めるレガリア家のものとなっていたのだが、その無実が判明したことでリンスレット家は領地を取り戻していた。

 フィオラが〈精神支配〉を使って、レガリア家の当主であるライザス=レガリア侯爵から自白を引き出したお陰である。


「あなたと出会わせてくれた女神ヴィーネにも感謝しないとね」


 ちなみに二人きりの旅だ。

 さすがに他の女を連れていくのは失礼だろうと思い、王都に置いてきたのである。

 ……説得するのにかなり苦労した。


『その通りじゃ! というわけで女神ヴィーネへ感謝の想いを込めて、カーセ〇クスを捧げるがよい!』


 まぁ相変わらずこいつだけは一緒なのだが。

 ってか、カーセ〇クスって何だ……。


 やがて領都が見えてきた。

 さすがに王都ほどではないが、立派な城壁に護られた都市だ。


 市門前では都市に入るための検問が行われていた。

 見たところ商人が多いようだ。


 俺たちの馬車が近づいていくと、衛兵らしき男が慌てて駆け寄ってきた。

 イザベラから貰った高級馬車なので、見ただけで相応の身分の者が乗っていると分かったのだろう。


 生憎と馬車の主人は俺だ。

 いや、これでも辺境伯なのだが。


「こんにちは。通してもらえるかしら?」

「あ、アリア様っ!」


 アリアを見て、衛兵が驚きの声を上げた。


「戻ってこられたのですねっ!?」

「ええ」

「ああ! それにしてもお元気そうで良かった……っ! 我々はずっと心配していたのです! 御一家が帰還されたあともアリア様だけが戻られておらず、領地を追われていた間に何かあったのかと……」


 アリアは微笑む。


「ありがとう。でも大丈夫。今は王都の騎士学院に通っているのよ」

「では、ご噂は本当だったのですね! さすがはアリア様!」


 衛兵は自分のことのように嬉しそうだ。


「随分と慕われているんだな?」

「お父様は立派な領主だったもの。領民の多くは無実を信じてくれていたわ」


 そこで衛兵は俺のことに気づいたらしい。


「ところで、そちらの方は……?」

「わたしの婚約者よ」

「こっ……」


 衛兵が絶句し、俺の顔をまじまじと見てくる。

 おっさんだし、いかにも平民臭い顔だしで、どう考えてもアリアとは不釣り合いだと思っているに違いない。

 俺もそう思う。


「それより中に入れてもらえるかしら?」

「はっ……か、畏まりました!」


 貴人専用と思われる門から都市の中へ。

 それから大勢の人たちが行き交う目抜き通りを進んでいく。


「あれが屋敷よ」

「でか」


 アリアの実家が見えてきた。

 屋敷というより城だ。

 さすがこの国でも有数の大貴族である。


 領地を失った後にこの屋敷からの退去を余儀なくされたリンスレット家だったが、今は戻ってきているらしい。

 しかしもちろん当主だったアリアの父親はおらず、


「今は弟が当主になって、爵位を継いでいるわ」


 正妻の長男であるアリアの弟が、現在この都市の領主なのだという。

 まだ十三歳だそうだ。


 家臣からのサポートがあるとはいえ、そんな歳で領地を担うことになるなんて、貴族は貴族でやっぱり大変なんだな……。


『お主も見習って早く王になるのじゃ』


 お断りだ。

 そもそも領地と国じゃ規模が違うだろ。


 屋敷の入り口には門番の詰所らしき建物があった。


「ご苦労様。開けてくれるかしら?」

「あ、アリア様……っ!」

「お帰りなさいませっ!」


 すぐに門扉が開かれる。

 家人に報告するためか、門番の一人が慌てて屋敷の方へと走っていく。


 中に入ると、そこには広々とした庭が広がっていた。

 庭とは思えないほどの距離を進んでようやく屋敷の前までやってくると、


「お帰りなさい!」


 十四、五歳くらいの少女が中から飛び出し、こちらへと駆け寄ってきた。


 真っ赤な髪に整った顔立ちの、アリアとよく似た美少女で。


「アリアお姉様っ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る