第31話 ルーカス王の誕生だ

「ルーカス卿よ」


 謁見の間。

 セントグラ王国の国王フェルナーゼ三世が、臣下として跪く俺に告げる。


「伝説の神剣に選ばれ、特A級危険度のオークエンペラーを討伐、さらには獣人の侵略を防いでみせたばかりか、今また王子のクーデターという未曽有の危機からこの国を救ってみせた。我が国の歴史をひも解いてみても、短期間にこれほどの武勲を打ち立てた者は稀だろう。ただただ驚くばかりだ」

「はっ、お褒めにあずかり誠に光栄です」


 ……俺だって驚いているけどな。

 恭しく国王の賛辞を受け取りながら、俺は内心で呟く。


 フーゼル王子一派による叛逆から数日が経っていた。

 俺は今こうして王宮へと呼び出され、王様に謁見している。

 反乱を治めた褒美を賜るためだ。


 ぶっちゃけ俺は王子を倒しただけなのだが。

 たった一人であの軍勢の動きを封じ、お膳立てを整えたのはフィオラである。


 だがどういうわけか、すべて俺の手柄であるかのように思われており、すでに国中がその話題で持ちきりだという。

 しかも随分と誇張されている。


 いわく、王子一派によって亡き者にされかけていた王女を救い出した。

 その際、数百人もの軍勢を単身で相手取った。

 王子との一騎打ちになり、圧倒してみせた。


 最後のだけは事実に近いが……。


 どうやら国王ばかりか、この場にいる有力貴族たちもこの話が真実だと信じているようで、俺を見る目に明らかに畏怖の念が籠っている。


 しかしさすがにおかしくないか?

 俺なんて平民出身のぽっと出。

 そんな奴が武功を立てれば立てるほど、むしろ彼ら貴族にとっては面白くないはずだ。


 まるでそろって誰かに操られているかのようだ。


 ――今、俺が王位をどうたらって聞こえた気がしたんだが?

 ――ふふふ、気のせいですわ、気のせい。

 ――いや、確かに聞こえたと思うが……。

 ――そうですの? でもきっと気のせいですわ。


 あの夜、彼女はそんなことを言ってすっ呆けたのだが……。

 嫌な予感しかしない。


「貴殿は真の英雄だ」


 不安を募らせる俺に、国王はそう断言すると、


「そんな貴殿こそ我が娘を娶るに相応しい! そしてわしに代わり王位を継ぐのだ!」


 その宣言に、おおおっ! と貴族たちが歓声を上げる。


「ルーカス卿――いや、ルーカス王の誕生だ!」

「ルーカス王!」

「ルーカス王、万歳!」

「フィオラ王妃、万歳!」


 俺は頭を抱えた。

 間違いない。

 予感は的中したようだ。


「ルーカスさま❤ 皆からこんなに祝福されて、何だか恥ずかしいですわね」

「おい」


 しれっと姿を現した犯人を睨みつける。

 なぜか純白のウエディングドレスに身を包んでいた。


 国王が告げる。


「これより婚約の儀を執り行う」


 これから!?


「ふふふ、ルーカスさま。逃げ場はありませんわよ?」


 言われて周囲を見渡してみると、謁見の間の出入り口はすべて騎士たちによって厳重に守られている。

 くっ、用意周到だ!


「俺は国王になる気なんてねぇぞ!?」

『何を言っておるんじゃ、この阿呆! 王になれば、国中の美女を集めた最高のハーレムを作れるんじゃぞ! 毎晩色んな女を抱き放題なんじゃぞ!』


 お前こそ何を言ってんだよ。


「どう考えても〈精神支配〉を使っただろ!」

「そんなことありませんわ? みんな本心からの言葉ですわ」

「嘘を吐くな!」


 何よりあの国王が娘の結婚をすんなり認めるはずがない。


「ああ、それにしてもあのフィオラもついに嫁に行くことになるとは、感慨深いものが……うっ……」


 突然、国王が苦しげに頭を抑えた。

 そして我に返ったように、


「フィオラが結婚だと? ま、待て、どういうことだ? しかも相手はルーカス卿? わしはそんなの許しておら……」

「あら、お父さま、嫌ですわ。ちゃんと認めてくださったでしょう?」

「ぐっ? ……おお、そうだったな、フィオラ。ルーカス卿よ! 娘のことを頼んだぞ!」


 やっぱり完全に操ってるじゃねーか!


 しかしまさかここまで疑似神具の能力を使いこなしているとは。

 もはや完全に国を乗っ取ってしまっている。

 ヤバい奴にヤバいものを与えてしまったかもしれん……。


「ルーカス卿、こちらに」

「さあさあ」

「そう恥ずかしがらずに」

「お、おいっ」


 貴族たちに取り囲まれ、無理やりフィオラの下へと連れて行かれそうになる。


 まずい、このままではこの国の王にされてしまう……っ!?


 そんなのは御免だ!

 そもそも俺なんかが国を治めるなんて無理に決まってる!


「俺はごく普通のおっさんなんだよぉぉぉっ!」









「なぜ邪魔をしたんですの?」


 むすっとしながらフィオラが訊ねた。


「当然だろうが! あんなやり方、許されるわけねぇだろ! 王女だからって何やってもいいと思うんじゃねぇよ!」


 怒鳴ったのはララだ。

 そうだ。もっと言ってやれ。


「ひっ。……ま、まぁそういうわけだから……以後、気をつけるように……」


 しかしフィオラに睨まれてあっさり引き下がってしまった。

 男勝りなくせに相変わらずメンタルが弱い。


 あの後、どうにか俺はあの場から脱出することできた。

 ララの〈空間跳躍〉のお陰だ。


「でもルーカスくんが王様かぁ。今回のやり方はともかく、ぼくはいいと思うけどねー」

「私もそう思う。むしろルーカス殿以外が国のトップであることの方がおかしい」


 おいおい、馬鹿なこと言わないでくれよ……。


「だけど大変よ? 政治の知識や経験なんてゼロでしょうし」


 アリア、その通りだ。


「その心配は要りませんわ! あたくしが教えて差し上げますの!」

「もちろん神殿も全面的にサポートさせていただきます」

「……と、とにかく、俺が王様になるなんてあり得ない」


 せっかくのアリアの主張が、フィオラとセレスによって一蹴されてしまう。


「少なくとも考える時間くらいはくれ」


 フィオラはしぶしぶといった感じで頷いた。


「仕方ありませんわ。ではひとまず結婚だけでも」

「……それも待ってくれ」

「なぜですの!?」

「順番があるからだ」

「……順番、ですの?」

「ああ」


 ……いい加減、ケジメをつけておくべきときだろう。

 今回の一件で、図らずも決意を固める結果となった。


「アリア」

「何かしら?」

「あー、えっと……その……」


 俺は意を決して告げた。


「ご、ご両親に挨拶をしに行きたいと思ってるんだが……いいか?」

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