第30話 一目瞭然ですの
「あら、お兄さま? どうされたんですの? お父さまにすら頭を下げようとしないお兄さまが、あたくしの前でそんな格好をされるなんて」
跪く兄を見下ろしながら、フィオラはしれっと皮肉を口にする。
もちろん〈精神支配〉を使ってフーゼルを操っているのだ。
兄の動きを察知するのは、フィオラにとって簡単なことだった。
〈精神支配〉があれば、幾らでも王子派の貴族から情報を引き出せるからだ。
「「「お、王子殿下っ?」」」
一方、自分たちが主と仰ぐ人物の突然の奇行に、王子派の騎士たちは信じられないとばかりに目を剥いていた。
フーゼルのプライドの高さは誰もが知るところだ。
ましてや王位を争う妹に対して臣下の礼を取るなど、あり得ないことだった。
「……なん、だと……?」
一瞬我に返ったフーゼルが目を見開くが、すぐにまた妹に精神を乗っ取られる。
「傲慢な叛逆者であるわたくしめがあなた様を前に首を垂れるのは当然のことでございます。……おい、お前たち! いつまでそうして突っ立っている!」
「「「は、はいっ」」」
王子に命じられ、騎士たちは戸惑いながらもその場に膝をついていく。
「こ、これはどういうことだ……?」
「なぜ王子殿下がフィオラ王女に……っ?」
「王宮に攻め込んで王と王女を捕えるんじゃなかったのかっ……?」
先ほどまでの決死の覚悟などあっという間に霧消し、王子への疑問と不安が噴出する。
ここに集う軍勢の中心にあったのが王子への忠誠だ。
それが揺らいだとなれば、もはや瓦解するのも時間の問題だろう。
クーデターどころではない。
さすがにこの場にいる全員を操ることは不可能。
しかし王子一人へ集中的に力を使うことで、フィオラはたった一人でこれだけの軍勢の動きを封じてみせたのである。
(ああ、それにしてもお兄さまのこんな姿が見れるなんて……ちょっと快感ですわぁ)
幼い頃から一度も敵わなかった兄。
それがこんなふうに自分に屈しているのだ。
「あとは……」
「……き、貴様ぁぁぁっ……私に何をしたぁぁぁ……っ!?」
「っ?」
突然フーゼルが大声とともに立ち上がったので、フィオラは思わず一歩後ずさった。
もちろんそんなことは命じていない。
「この私をっ、お前ごときの前で、跪かせるなどっ……」
美貌を大きく歪めて唾液を散らしながら、フーゼルが睨みつけてくる。
(〈精神支配〉に抗っていますの……? なんという精神力の強さ……いえ、プライドの高さですの……。ふふふ、ですが……)
さらに剣を抜いたフーゼルが斬り掛かってきた。
動きが身体に染みついているのか、その速さは普段のそれと遜色のないものだった。
お陰でフィオラは一瞬、反応が遅れてしまう。
ガキンッ、という激しい金属音が響き、フーゼルの剣が弾かれていた。
「っ? 貴様っ、一体どこから……っ?」
突如として現れた謎の男に斬撃を防がれ、フーゼルが忌々しげに叫ぶ。
「ルーカスさまっ❤」
対照的にフィオラは目をハートの形にして叫んだ。
◇ ◇ ◇
フィオラから〈念話〉を通じて連絡がきたのは直前のことだった。
「これからお兄さまのクーデターを防いできますの。それで、できればルーカスさまには最後に少しだけ登場してほしいのですわ」
……何を言ってるんだ、こいつ?
それが俺の最初の感想である。
だが実際に王子によるクーデターが勃発し、戦いが始まる前にフィオラがたった一人で収めてしまった。
そんなことができたのも、〈精神支配〉で王子を操ったからだ。
と思いきや、その支配に抗い、王子がフィオラに斬りかかった。
「ララ!」
「お、おうっ」
近くの建物の屋上で様子を窺っていた俺は、ララの〈空間跳躍〉で間に割って入る。
すんでのところでフーゼルの剣を弾いた。
「まったく……無茶するなよ」
「心配は要りませんわ。何があってもルーカスさまが助けてくださると信じてましたもの」
そんなに手放しで信頼されても困るんだが。
「貴様っ、一体どこから現れた……っ? 何者だっ?」
王子が誰何してくる。
さすがはフィオラの兄。
端整な顔立ちをした美丈夫だ。
……今は悪魔のような形相をしているが。
「いや、ルーカスだと……? そうか、神剣の……」
どうやら王子も俺の名を聞き及んでいたらしい。
つい遠い目になってしまう。
「さあ、ルーカスさまっ! 国家転覆を図った首謀者を打ち倒し、新たな英雄伝説を刻んでくださいませ!」
フィオラがノリノリでそんなふうに煽ってくる。
こいつ、まさかワザとこういう展開に持ってきたんじゃないだろうな?
「何が英雄だっ! 英雄は私一人で十分だぁぁぁっ!」
王子が声を荒らげ躍りかかってきた。
だがその剣筋は荒々しさとは対照的なものだった。
洗練された流麗な動きで繰り出されるのは、こちらの急所を狙った必殺の一撃。
さすが王子。
個人の剣の技量も超一流のようだ。
以前の俺だったらまず凌ぐことはできなかっただろう。
しかし今の俺にはその動作がはっきりと見えたし、その狙いもすぐに分かった。
「っ!?」
軽く右足を下げるだけの最低限の動きで斬撃を躱す。
目を見開く王子はすぐにリカバリーしようとするが、遅い。
俺の剣が王子の胴を斬り裂いていた。
「がぁっ……」
両膝から倒れ込む王子。
「で、殿下が負けた……?」
「あれが神剣の使い手……」
愕然とする騎士たちへ、フィオラが高らかに告げたのだった。
「お前たち見ましたわね! どちらが新たな王に相応しいかは一目瞭然ですの! そう! ルーカスさまこそ、あたくしを娶り、王位を継ぐべきお方なのですわぁぁぁっ!」
……は?
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