第28話 こいつを牢に放り込んでおけ
「は……はい、間違いありま……せ、ん……」
レークイン侯爵の自白に、その場にいる誰もが耳を疑った。
それはそうだろう。
つい先ほどブラケット卿の言葉は嘘だと断言し、否定したばかりなのだ。
そしてその自信ありげな態度から、明確な証拠を提示するのは容易ではないはずだと、皆が思っていた。
「なっ……ち、違うっ……い、今のは……」
まるで自分の発言が信じられないといった表情を浮かべ、侯爵は慌てて言い直そうとする。
フィオラはすかさず訊ねた。
「あたくしを亡き者にできず、残念でしたわね、レークイン侯爵?」
「本当にそうだっ! 子爵めっ、失敗しおって…………っ!? 何なんだ、これはっ?」
侯爵はあっさりと失言し、そしてすぐにそれに気づいて青ざめた。
その普段の彼からではあり得ない異常な様子に、貴族たちは彼がおかしくなってしまったのではないかと思い始める。
もちろんフィオラが〈精神操作〉を使ったのである。
彼女の問いに対して、嘘を吐くことができないようにしたのだ。
(ですが悪魔よりも効き難いようですわね? まぁ悪魔よりグリフォンの方が効きやすかったことを考えると、知能が高いほど効果が出にくいのかもしれませんわ)
とはいえ、全力ではない。
〈精神操作〉はその性質上やり過ぎると相手の精神を壊してしまうことがあるため、弱めにかけてみたのだ。
(別にこの男がどうなろうと知ったことありませんけれど、一先ず正気でいておいてもらった方がよさそうですし)
人間への〈精神操作〉についてはもう少し研究が必要である。
幸い〝実験〟する相手には事欠かなさそうだと、フィオラは心の中で暗い笑みを浮かべた。
「……レークイン侯爵。本当に貴様が娘を亡き者にしようとしたのか?」
フェルナーゼ三世が侯爵へ問う。
先ほどよりも幾らか落ち着いたような声音だったが、しかし押し殺された声からは憤怒が滲み出ており、むしろかえって威圧的ですらあった。
周囲の空気がいっそう凍っていく。
「ち、違いますっ、陛下! まったくの濡れ衣ですっ」
「間違いないと断言したのはどの口だ?」
「そ、それはっ……な、なぜか勝手に本音が……い、いえっ」
「本音だと……?」
やり手で知られる侯爵が完全にしどろもどろだ。
「レークイン侯爵、この際、洗いざらい吐いてしまった方がいいと思いますわ。……例えばそうですわね、あなたの背後にいる人物のこととか」
この男だけで終わる話ではないだろうと思いながら、フィオラは少し〈精神操作〉の効果を強める。
「正直に話してくださいまし」
「はい。今回の件はフーゼル王子殿下のご命令です。次期国王の座に就くための最大の障害であるフィオラ王女を秘密裏に排除するようにと、殿下が直々に私めにご指示をくださったのです。首尾よく成し遂げ、殿下が王位を継がれたあかつきには、公爵位を賜るとの約束で」
〈精神操作〉が効いたようで、すらすらと躊躇いなく白状する侯爵。
薄々感じていた者は多かっただろうが、王子の名がすんなり出てきたことで皆が呆気にとられたように固まる。
しかし次に侯爵が口にしたのは、そんな彼らに更なる衝撃を与える新事実だった。
「実は二年前、フィリエット王妃殿下が亡くなられた事件ですが、こちらも王子殿下のご命令により、本当は私が賊を手配いたしました。手引きしたのは当時のリース侯爵アレン=リンスレット卿だということになっていますが、その証拠も私が捏造したものです」
フィリエット王妃はフィオラの実の母親だ。
彼女は二年前、旅先で賊に襲われて亡くなっている。
ちょうどフィオラに続く待望の二人目を身籠っていたときで、その痛ましさに国中が悲しみに包まれた事件だった。
「貴様ァァァッ!」
突然、怒声を上げてレークイン侯爵に殴り掛かったのは、国王フェルナーゼ三世だった。
顔面に拳を喰らい、侯爵は後方に吹き飛ぶ。
それでもまだ飽き足らず、フェルナーゼ三世は追撃を見舞おうとする。
「陛下っ!?」
「お、落ち着いて下さいっ! このような場で貴族に暴力を振るっては、王としての体裁がっ……」
「うるさい邪魔だッ!」
慌てて止めようとする貴族たちだったが、国王の憤りは収まらない。
フィリエット王妃は彼の最愛の女性だったのだ。
フィオラを溺愛しているのも、彼女の娘だからという点が大きく影響している。
「ち、違います陛下っ……わ、私はそのようなことはっ……ぐぁっ」
再び我に返った侯爵が必死に前言を撤回しようとするも、もはや後の祭りである。
「こいつを牢に放り込んでおけ! それからフーゼルに伝えろ! 早急に王宮へ戻ってこい!」
侯爵を二、三発殴ったあと、どうにか引き剥がされた国王は、矢継ぎ早に指示を飛ばす。
侯爵が騎士たちに連れられていくのを見送りながら、王子派は意気消沈していた。
侯爵の発言が真実かどうかは分からないが、こうなってはもはやフーゼル王子が王位を継ぐことは難しいだろう。
彼らは生き残るために思考を巡らせる。
その大多数が、すぐさま王女派に切り替えるべきだと方針転換した上で次の一手を検討していた。
だが中には、それでも王子への忠誠を変えず、起死回生の一手に賭けようと考える者たちもいて――
王子派によるクーデターが発生したのは、この数日後のことだった。
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