第27話 間違いありません

「おおっ、フィオラ! よくぞ無事に戻った! 聞いたぞ! 見事、十三層を攻略してみせたと!」


 フィオラの姿を見るなり、彼女の父にしてこの国の王・フェルナーゼ三世は玉座から立ち上がって歓喜の声を響かせた。


「ええ、お父様。幾度となく危ないこともありましたが、こうして五体満足で帰還することができましたわ」


 傍付き騎士のマリーシャを従えながら、フィオラは玉座の前まで歩いていく。

 フェルナーゼ三世はいつになく興奮した様子で、立ち上がったままだ。


「さすがは我が愛娘だ! 類い稀なる知性と美貌に加え、誰にも負けぬ武功までをも打ち立ててみせるとは!」


 それはただ娘の活躍を讃えるだけではなく、周囲の者たちへと言い聞かせているようでもあった。

 あらかじめ一報を聞いていたフェルナーゼ三世によって招集させられた彼らは、この国の有力貴族たちだ。


 現国王・王女派の貴族たちは喜びを露わにする一方で、王子派貴族たちは苦々しげに顔を顰めている。

 彼らからすれば今後の勢力争いを困難にする最悪な状況だろう。


 そんな歓喜と落胆が同居した空気の中。

 フィオラが唐突に言った。


「ところでお父様、せっかくこうして大勢を集めていただきましたので、一つこの場で確認しておきたいことがありますの」

「む? それは一体なんだ?」


 フェルナーゼ三世の問いにすぐには答えず、フィオラは居並ぶ貴族たちを一度見渡してから、


「恐らくこの中に、家を人質にしてあたくしの友人であるサーラを脅し、あたくしを亡き者にするよう命じた者がいらっしゃいますわ」


 一瞬にして空気が凍りついた。


「あたくし、もう少しで死んでしまうところでしたわ。まぁそのお陰であの方と……」

「ど、どういうことだ、フィオラっ? サーラ嬢と言えば、ブラケット子爵の……」


 そこで皆の視線が一斉に一人の男性へと向けられる。

 娘とよく似た人のよさそうな顔を青くしているのは、サーラの父親であるブラケット子爵だ。


 ――あのあと、サーラは泣きながらすぐに白状してくれた。


 彼女の父・ブラケット子爵は温厚な性格で知られ、王女派という立場を表明していた人物だ。

 だからこそ、その娘のサーラも信頼され、フィオラのユニットメンバーになることを許されたのである。


 しかしそのブラケット子爵は、以前より領地の経営が悪化していた。

 そこに目を付けたのが、とある人物だったという。

 子爵に多大な援助を申し出たのだ。


 その人物は子爵とは違って王子派だったのだが、背に腹は代えられない。

 彼は援助を受け入れることにした。


 だがそれが罠だったのだ。

 気が付けば、もはや依存から脱却できない状況となり、その人物の命令に逆らえなくなってしまっていた。


「子爵っ! 貴様ァっ!」

「申し訳ございませんっ、陛下っ!」


 話を聞き終え、フェルナーゼ三世が激高。

 ブラケット子爵は怯え切ったように全身を縮こまらせ、震える謝罪する。


「それで一体、その人物とはどこのどいつだ!」


 声を荒らげて居並ぶ貴族たちを睨みつけるフェルナーゼ三世。

 しかし自ら名乗り出る者はいない。


 父親が一体誰に脅されていたのかをサーラは知らず、フィオラも今のところ誰かは特定できていなかった。

 だが子爵領をほとんど乗っ取ってしまったほどだ。

 有力貴族――つまりこの中にある誰かであることは間違いない。


 ならばと、国王は今や死人のような顔をしている子爵を問い詰める。

 子爵は観念したように、消え入るような声で答えた。


「は、はい……それは……レークイン卿で……」


 今度はその視線が別の人物へと一斉に移った。


 背の高い、金髪の男だ。

 年齢は五十前後といったところ。

 幾らか皺が目立つものの、その整った顔立ちからは若い頃の美男子ぶりが窺える。


 レークインというのは王国西部に位置し、近年大きな成長を遂げている地域。

 彼は代々その地を治めている一家の現当主、レークイン侯爵ライザス=だった。


 確かに彼は王子派で知られる一人。

 領地も子爵領ブランケットとそう離れてはいない。


 だが彼は皆の注目を浴びながらも、まるで動じた様子はなかった。

 それどころか傲然と鼻を鳴らして、


「一体何のことか分かりかねますな、ブラケット卿」

「なっ……」


 息を呑む子爵から、ライザスは国王へと視線を移す。


「陛下、確かに私は子爵を援助していました。ですがまさか殿下を亡き者にしようなど、考える筈もありません。恐らくブラケット卿が苦し紛れに罪を擦り付けようとしているのでしょう」

「れ、レークイン卿っ……」

「もし仮にそれがあなたの妄言などではなく本当のことだというのなら、ぜひ証拠を見せていただきたい」


 侯爵の声からは自信と余裕が滲み出ていた。

 証拠など何も残していないと、確信しているのだろう。


「レークイン卿」

「何でしょうか、殿下」

「あなたは子爵を脅迫し、あたくしを殺すようにと命じましたわね?」

「はい、間違いありません――――っ!?」


 侯爵はすんなりと頷きかけ、ハッとして慌てて口を塞ぐ。

 その場にいる誰もが唖然とし、そしてざわめいた。


「ふふふ、もう一度訊きますわ。あなたは子爵を脅しましたわね?」

「は……はい、間違いありま……せ、ん……」


 突然の自白に、誰もが耳を疑ったのだった。



    ◇ ◇ ◇



 その頃、ルーカスは――


「やっぱダンジョンから戻ったらエールだよな!」


 屋敷に帰ってすぐに酒を手にしていた。

 色々あったものの、とりあえず緊張感のある任務から解放されたことで少し浮かれているらしい。


「おっ、しかもこのエール、キンキンに冷えてるな」


 キンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!


「まるで音が聞こえてきそうなほどだ」


 どうやらメイドのイレイラが気を利かせて、氷で冷やしていてくれたらしい。


「やっぱエールはキンキンじゃないとな。ごくごくごくごくっ、ぷはぁ……。くぅ~、身体に染みる~。……っ!?」


 キンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!


「ぐあっ……あ、頭がっ……」


 あまりに冷たいものを一気に飲み過ぎたせいで、頭の奥がキンキンしてしまったようだ。


「だ、大丈夫?」

「ルーカスくんっ?」

「ルーカス殿っ」

「ルーカス様!?」

「だ、大丈夫か、おいっ?」

「……あ、ああ。ちょっと頭がキンキンしただけだ」


 急に頭を抱えたルーカスを眷姫たちが心配してくれる。

 五人のいずれ劣らぬ美女たちに囲まれ、


 ギンギンギンギンギンギンギンギンギンギン!


 突然、股間が膨れ上がった。


「な、なんだこれは……っ?」

「はい! 久しぶりに帰ってこられましたので、ぜひ今晩はご主人様に頑張っていただきたいと思い、エールに強精剤をたっぷり入れておきました! どうです? すごくギンギンでしょう!」


 答えたのはイレイラだ。

 そんな気の利かせ方は要らない! とルーカスは内心で叫んだ。


「あら、こんなにギンギンだわ」

「ほんとだ。これじゃ簡単には収まらないと思うよ」

「私もそう思う。一人で相手をするのは大変そうだ」

「え、えっと……それでは、今晩は皆で……?」

「あああ、アタシは御免だからな……っ!」


 眷姫たちがそんなことを言いながら身体を寄せてくる。

 その発言から推察するに、どうやら彼女たちもグルだったようだ。


 ――こうしてこの夜、ルーカスは五人を同時に相手にすることになり。


 ギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシ!

 パンパンパンパンパンパンパンパンパンパン!

 アンアンアンアンアンアンアンアンアンアン!


 彼の寝室ではそんな音が朝方まで響いたという。

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