第26話 二度あることは三度あると言うしのう

「で、殿下……?」

「本物……?」


 マリーシャとミリアナは当惑しているようだった。


 それはそうだろう。

 狂暴な魔物であるグリフォンの背中に乗って、崖の下から飛んできたのだ。

 幽霊でも見たような顔をしている。


「降りてくださいまし」

「クエッ!」


 フィオラが命じてグリフォンを着地させた。

 しかし二人は混乱と警戒からか近づいてこない。


「助かりましたわ。さようなら」

「クエエ~」


 フィオラが労うように首回りを撫でてやると、グリフォンはありがたそうに一鳴きしてから去っていく。


「ほ、本当に殿下なのでしょうか……?」

「もちろんですわ、マリー」

「あ、あのグリフォンは一体……?」

「ここまで乗せてもらったんですの」

「は、はぁ……」


 随分心配していたことが見てすぐに分かるくらい、マリーシャはかなりやつれた様子だった。

 普通ならこの場面、フィオラが無事だったと知って涙ながらに喜ぶところだろう。

 だがグリフォンに乗って帰ってくるという奇抜な方法のせいで、そんな感動の再会とはならなかったようだ。


「と、ともかく、ご無事でよかったです。……ルーカス卿、殿下を救っていただきありがとうございます」


 マリーシャが俺に頭を下げてくる。


「そうですの! あたくしが今こうして生きているのは、ルーカスさまのお陰ですわ! ああ、それにしてもあのときのルーカスさま、本当にカッコよかったですの……」

「……?」


 目をハートにするフィオラの言葉に、マリーシャは違和感を覚えたらしい。

 眉根を寄せて、怪訝そうな顔で呟く。


「ルーカス、……?」

「そうですわ、マリー!」


 フィオラはとびっきりの話題を思い出したかのように、パッと表情を輝かせた。


「お、おい、その話は――」


 俺が慌てて止めようとするよりも早く、彼女は何の躊躇いもなく嬉々として告げたのだった。


「あたくし、ルーカスさまの眷姫にしていただきましたの!」

「「は?」」


 マリーシャとミリアナの声が揃った。


「先ほどの力はその一端ですわ。これからもっともっとルーカスさまのお役に立てるよう、精進していくつもりですわ」

「ちょ、ちょっと待ってください、殿下っ……」

「何ですの?」

「け、眷姫になったって……ま、まさか……」


 フィオラは頬を赤く染め、うっとりした顔で言った。


「ええ、ルーカスさまに女にしていただきましたの」


 俺は思わず頭を抱えたくなった。


 もちろんこれはいずれ知られる事実だ。

 ある程度の覚悟はしていた。

 だがまさかこんなにストレートに伝えるとは思わなかった。


 今は爵位を与えられたとはいえ、平民出のおっさんが王女に手を出したのだ。

 いや、もちろん俺から手を出したわけじゃないが……結果的には同じことだ。


 周囲からどんな反応をされるかくらい、想像はつく。

 だからこそ、もうちょっと計画的にいきたかったのだが……。


 特にマリーシャは傍付きの騎士として、王女を護衛する立場にある。

 その貞操がおっさんに奪われたとなれば、


『ぜひ自分もこの身を捧げたい、となるじゃろうな!』


 ならねぇよ。


『過去の例から言えばなるじゃろ?』


 いや、あんなの例外中の例外だろ。


『二度もあったが?』


 ……言われてみれば。


 だがさすがに今回はないはずだ。

 な、ないはずだよな……?


『二度あることは三度あると言うしのう?』


 幸い(?)、マリーシャからはいつになく鋭い視線が飛んできた。


「ルーカス卿? 詳しくご説明いただけますか? まさか本当に殿下に――――おめでとうございます!」

「え?」


 突然、マリーシャの雰囲気が一変したので俺は面食らった。

 ミリアナも「えっ?」という顔をしている。


「お二人の関係をぜひ応援させていただきます!」


 どういうことだ?

 いきなりの豹変に困惑するが、しかしすぐに思い至った。


「……使ったのか」

「ふふふ、とても便利な力ですわ」


 どうやら〈精神操作〉を使ったらしい。


「あ、あれ? なぜ私はすんなり受け入れて……?」


 マリーシャ自身も自分の心に戸惑っている。

 知らない間に気持ちを勝手に操られているなんて、なかなか怖ろしい話だ。


 確かに便利な能力だが、悪用しないよう言い聞かせておかないとな……。


「あんまり人に対して乱用するなよ?」

「ええ、もちろんですわ」


 素直に頷くフィオラだが、顔にあくどい笑みが浮かんでいるのを俺は見逃さなかった。


「この力があれば、きっと王宮もあたくしの思いのまま……」


 ……不安しかない。


 ともかくマリーシャたちと合流を果たした俺たちは、第十二層の安全地帯へ。

 テントで仮眠を取っていたらしいノラクとサーラが起きてくる。


「殿下!? ご無事だったのですか!」


 喜ぶノラク。

 その一方で、サーラが顔を真っ青にしていた。


「一つ、この場で確かめておかなければならないことがありますの」


 フィオラが神妙な顔つきでそう切り出す。


「実はあたくし、あのとき誰かに後ろから押されてしまったのですわ。それでバランスを崩し、落ちてしまったんですの」

「「「なっ?」」」


 マリーシャたちが息を呑む。


「そ、それは本当ですか、殿下?」

「……つ、つまり、この中の誰かが殿下を突き落とした、と?」

「そういうことになりますわね」


 淡々とした声音で頷くフィオラ。


「そしてあのとき、あたくしの後ろにいたのはたった一人だけですわ」


 そう告げられて、すぐに思い至ったのだろう。

 マリーシャたちの視線が一斉にある人物へと集まった。


「サーラ。あなたですわね? あたくしを突き落としたのは」


 フィオラがその犯人の名を口にしたとき、サーラの顔色は可哀想なくらい蒼くなっていた。

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