第25話 愛の為せる業ですわ

「ね、ねぇ、マリー? さすがにちょっと休んだ方がいいと思うんだけれど……?」


 ミリアナは恐る恐る声をかけた。

 彼女の父親が王宮で重役を務めていることもあって、マリーことマリーシャとは古くからの付き合いだ。


 騎士学院に入学してからは、ずっと同じフィオラ王女のユニットに所属していることもあって親しくしていた。


 しかしそんな彼女でも、今のマリーシャにはなかなか声をかけづらい。

 いったん探索を引き上げて第十二層の安全地帯に戻ってきても、マリーシャは仮眠もとらずにずっと王女の帰りを待っていた。


 あれから半日が経っている。

 奈落の底へと二人が落ちてしまった後、残された四人で第十三層を調査したが、結局あの崖を降りていけそうな場所は見つかっていなかった。


「……」

「もし殿下が戻って来られたら、すぐ起こしてあげるからさ?」

「……」


 ミリアナの提案にも、マリーシャは無言で下層へと続く階段を見詰めているだけだ。


「き、きっと無事だって! あのルーカスさんも一緒だし!」


 そう励ましながら、しかしミリアナは自分自身がその言葉に疑念を抱いていることを自覚していた。


 普通に考えれば、あの崖から落ちて助かるはずがない。

 もちろんミリアナとて二人が無事であることを信じたいが……それでも可能性は低いだろうと思っていた。


「つ、次の探索のためにもさ、今は少しでも寝ておいた方がいいって」

「……」

「あ、ちょっと、マリー? どこに行く気っ?」


 いきなり立ち上がったマリーシャが、テントとは違う方向へ歩いていくので、ミリアナは慌てた。

 下層へ続く階段の方だ。


「まさか一人で探索するつもりっ? せめて二人が起きるのを待ってよ!」


 じっとしてられなくなって、一人で十三層へ行こうとしているらしい。

 そんな無茶を止めようと、ミリアナは懸命に説得しようとする。


「いえ……少し見てくるだけです。魔物が現れたらすぐに逃げるので心配は要りません。あなたは休んでいてください」

「そんなこと言われても心配だって!」


 ミリアナは後を追いかけた。

 マリーシャは階段を下り、そして第十三層へ。


 そこには相変わらず端が見えないほどの広大な空間が広がっていた。

 その大部分を占めているのが、ぽっかりと開いた巨大な穴だ。


 マリーシャはその穴の縁まで歩いていこうとする。


「こ、ここまでにしておこうって! ほら、魔物も出るしさ!」


 二人しかいない今、魔物に遭遇したら危険だ。

 ただでさえ、ここに出現する魔物は強敵ばかりなのである。


 さすがに看過できず、ミリアナが肩を掴んで強引にマリーシャを引き留めた、まさにそのときだった。

 崖の向こうから一体の魔物が姿を現した。

 グリフォンだ。


「だから言ったでしょ! 逃げるよ!」


 二人はまだ階段から近い場所にいる。

 すぐに引き返せば戦闘を避けることができるだろう。

 不思議なことに魔物は階層間を繋ぐ階段を行き来することができないのだ。


「っ! 殿下!?」


 突然、マリーシャが叫んだ。

 ミリアナは慌てて足を止める。


「なに言ってんのっ? どう見ても殿下じゃなくて魔物でしょ!」


 もしかして頭がおかしくなって、幻覚まで見るようになってしまったのかと、ミリアナは本気でマリーシャのことを心配する。

 なおさら魔物と戦えるような状況ではないと判断して、是が非でも連れ帰ろうとミリアナは彼女の腕を引っ張った。


「いえ、殿下です! 殿下がグリフォンの背中に! ルーカス卿も!」

「いやいやいや、そんなわけ――」


 そこでようやくミリアナは、こちらに迫りくる魔物の背中に何かが乗っていることに気がついた。


 人だ。

 しかもこちらに手を振っている。


「で、殿下ぁっ?」


 ミリアナは思わず頓狂な声を上げてしまった。



    ◇ ◇ ◇



「……まさかグリフォンの背中に乗って空を飛ぶ日がくるなんてな」

「ふふふ、この力を使えば造作もないことですわ」


 最初は安全地帯にある転移魔法陣を使って脱出しようとしたのだが、ふと「まだマリーシャたちが十三層にいるかもしれない」と思って、やはりあの崖を登る方法はないだろうかと思案した。


 その結果、フィオラから出てきたアイデアがこの方法だった。

 空を飛べる魔物であるグリフォンを〈精神操作〉で手籠めにし、背中に乗せてもらうというものだ。


 それにしても……スペースが限られているとは言え、ちょっと密着し過ぎではないだろうか?

 だいたい何で向かい合う形で座ってるんだよ……。

 お陰ですぐ目の前にフィオラの美貌がある。


「ああ、ルーカスさま……❤」

「待て待て。こんな状況でキスしようとしてくるな。ほら、別の個体が近づいてきたぞ」


 他のグリフォンが少々戸惑った様子で接近してきた。

 それはそうだろう。

 同種が背中に人間を乗せているのだ。


 しかしフィオラが〈精神操作〉を使うと、小首を傾げながらどこかに飛んでいってしまった。


「こんなに簡単に魔物を操れるものなのか……?」

「あたくしたちの愛の為せる業ですわ」


 あれだけの数の低級悪魔を一度に操ってみせたし、異常なほど強力だ。

 疑似神具を手にしたばかりとは思えない。


『疑似神具の力は愛情に比例するからの』


 だとすればなおさらおかしいだろ。


『恐らくこれまでずっと恋焦がれていた物語の中のヒーローへの感情が、そのままお主へと向けられたからじゃろう。つまり現時点ですでに何年分も熟成されておるということじゃ』


 ……さいですか。


 そうこうしている内に、気づけば崖の上まで辿り着いていた。


「殿下がグリフォンの背中に! ルーカス卿も!」

「いやいやいや、そんなわけ――殿下ぁっ?」


 そこにはこっちを見て目を丸くするマリーシャとミリアナの姿があった。

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