第23話 服がじゃまですの

「うへへへぇ……るーかすさまぁ……」


 ふと気が付くと、フィオラ王女が俺の身体の上に乗っかっていた。


「すーはー、すーはー……あああっ、るーかすさまのにおひぃっ……はぁはぁ……」


 その凹凸のしっかりした身体を擦りつけるように、べったりと密着してきながら、俺の匂いを嗅いでくる。

 興奮しているのか、頬は紅潮し、目はとろりとしていて、息が荒い。


 ……これは一体どんな状況なのか。


 俺は一瞬何が起こっているのかと当惑したが、すぐに思い至った。


 なるほど。

 これは夢に違いない。


 それはそうだろう。

 なにせ彼女は俺のことを嫌悪しているのだ。

 緊急時でなければ、身体に触れることすら許さないだろう。


「もっと……もっとほしいですわぁ……うへへへ……」


 第一こんな顔、絶世の美貌で知られる王女がしていいものではない。

 ましてや俺のようなおっさんに抱きついてくるなど。


 しかし俺はまた何でこんな夢を見ているのか……。

 ここ数日、眷姫たちがいない夜を過ごしてはいたが、まさかそのせいだろうか。

 たった数日でも人肌が恋しくなってしまうなんて、俺も随分と精力旺盛になってしまったものだ。


「服が……服がじゃまですのっ……」


 フィオラ王女(夢)が俺の衣服を剥がし始めた。

 さらには彼女自身も服を脱ぎ捨てていく。


 さすがに積極的すぎるだろ。

 せめてもう少し恥じらわせればいいのにな。

 俺はそんなふうに自らの夢にダメ出しをする。


 やがて露わになったのは、高貴さすら感じされる美しい裸体だ。

 白くきめ細やかな肌。

 膨らむところは膨らみ、凹むところはちゃんと凹んでいる。


 王宮の奥で御淑やかに暮らすお姫様だったら、きっとだらしない身体をしているだろう。

 しかし彼女は日々の訓練の賜物か、筋肉と脂肪がバランスよく付いている。


 中身はアレだが、絶世の美女と謳われるだけのことはあるな。


 まぁ俺の夢なんだが。


 それにしても夢の中とは言え、まさかフィオラ王女でこんな妄想をするなんてな。

 現実でなくてよかった。

 王様に知られたら処刑されそうだ。


 ……だが、夢なら気兼ねする必要なんてないな。


「ああっ……るーかすさまぁっ……」


 俺は彼女を押し返して上下を入れ替えると、遠慮なく男の欲望をその若い身体へとぶつけたのだった。







 目が覚めた。


 ダンジョン第十三層の安全地帯。

 その高い天井を見上げながら俺は顔を顰めた。


 頭が痛い。

 これは二日酔いだな。

 どうやら昨晩はちょっと飲み過ぎたようだ。


 道理で変な夢を見てしまったわけだ。

 フィオラ王女が俺に夜這いをかけてくるわ、そのまま致してしまうわ、現実では絶対にあり得ないだろう。


 ん?

 ってか俺、服を着てなくないか?


 背中に直に当たる冷たい地面の感触。

 下着すら穿いておらず、開放された股間がひんやりした外の空気に包まれている。


 おいおいおい、何で裸で寝てんだよ、俺は。

 安全地帯と言ってもここはダンジョンだぞ。


 もしかして昨晩、酔った勢いで脱いでしまったのか?

 近くにフィオラ王女がいたってのに?

 まさか、露出狂みたいに見せつけたなんてことないだろうな……?


 や、やばい……。


「るーかすさまぁ……」

「っ?」


 俺はびくりと肩を跳ねさせた。

 今、めちゃくちゃ至近距離から声が聞こえてこなかったか?


 恐る恐る視線を向ける。

 そこには俺に寄り添うようにして眠るフィオラ王女の姿があった。


 ――全裸の。






   ぜ




         ん




                ら




                       の






 ……はっ?


 一瞬、思考が吹っ飛んでいた。


 待て待て待て待て!?

 どういうことだよ、この状況!?


『どうも何も、簡単なことじゃろう? 昨晩のことは夢ではなく現実だったのじゃ!』


 あー、あー、あー、何も聞こえない。


『これ、いい歳して子供みたいな現実逃避をするでない。現実を受け入れよ』


 そうか、お前か!

 またお前の仕業だな!


『いや今回、我は何もしておらぬぞ?』


 そのときフィオラ王女が小さく身じろぎした。


「……ん」


 頼む、まだ眠っていてくれ。

 もう少しこの状況を受け入れるための時間が欲しい。


 そんな俺の願いも虚しく、彼女の長い睫毛に縁どられた瞳がゆっくりと開く。


「あ……」


 俺と目が合うと、すぐに昨晩のことを思い出したらしい。

 慎ましやかに頬を赤く染める彼女に、俺は思わず内心でツッコんだ。


 いや、今さら恥じらう乙女のような素振りをされてもな……。


 昨晩の彼女の痴態が脳裏に浮かぶ。

 ……夢であって欲しかった。


「ち、違いますの。あのときのあたくし、少しおかしかったんですわ。まるで熱に浮かされたようで……ほ、本当はちゃんと段階を踏んでいくつもりだったんですの!」


 そう言えば確かに変だった気はする。


 と、そこで俺はふと傍に酒瓶が転がっていることに気づいた。

 昨晩、俺が飲んでいたやつだ。


 空っぽになっているのは最後まで飲み切ったからで、別に不審なところは何も無い。

 うん、無いな。

 無いったら無い。


『ペロペロしとったぞ』


 ……そういうことはぜひ黙っておいてくれ。


『それはもうアレをしゃぶるようにのう』


 うるせぇ。


「ほ、ほんの出来心だったんですのっ……。それに、ちょっと、ほんのちょっと舐めようとしただけで……」


 そうかー、お酒を飲みたかったのかー。

 それなら仕方ないなー。


『酒ではなくおっさんの唾液をじゃ』


 言うな。


 しかしそもそも何でこの王女、いきなり急変したんだ……?


『別におかしなことではないじゃろ。なにせ、恋とは突然に燃え上がるものなのじゃからのう』


 人の飲んだ酒瓶を舐めて酔って夜這いをかけてくる行為は、おかしい以外の何物でもないだろ……。

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