第21話 中に入れってことか

「神殿……?」

「……にしては禍々しい外観ですわね……」


 俺の呟きを、すぐ後ろにいるフィオラ王女が拾う。


 壁一面に不気味な彫刻が施されているのだ。

 絶叫している人たちや、虚ろな目をして何かに祈りを捧げている人たち、あるいは剣を振り回す人たちとその足元に転がるバラバラの身体。

 あの重なり合っているのは、もしかして乱交を表しているのだろうか。


 なんとも悪趣味である。


 周囲を探索していると、大きな扉を発見した。

 二体の奇妙な生き物の彫像に護られる両開きの扉で、今は固く閉じられている。


 扉の表面には醜い表情を浮かべた老若男女の顔の彫刻が無数に並んでいるのだが、今にもそれらが何かを叫び出しそうなほどリアルだ。


 と、そのとき。


 ゴゴゴ……ゴゴゴゴゴ……。


 俺たちの接近を感知したのか、そんな重低音を響かせながら勝手に扉が開いた。


「……中に入れってことか」


 罠かもしれない。

 だが崖と暗闇ばかりのフロアで、ようやく見つけた攻略の手掛かりだ。

 正直言って気は進まないが、ここを調査しないわけにはいかないだろう。


 俺たちは恐る恐る建物の中へと足を踏み入れた。


 真っ直ぐ長い通路が続いている。

 火を灯しているが、奥の方は闇に呑まれていて何も見えない。


 すると突然、通路の両側に備え付けられていた燭台で炎が燃え上がった。

 しかし紫色の炎だ。

 相変わらず悍ましい彫刻で埋め尽くされた壁が紫色にライトアップされ、いっそう不気味さが増す。


 警戒しながら前へと進んだ。

 やがて通路を抜けると、辿り着いたのは広間のような場所だった。


 ただしそれはウェヌスからの情報だ。

 真っ暗なので、俺には刀身から上がる火を頼りにしてもすぐ周辺しか見えない。


『気を付けよ。奥に何かいるぞ。魔物かもしれぬ』


 そのときあちこちに設置されていた燭台から、やはり紫色の炎が上がった。

 ようやく部屋の全貌が明らかになる。


 広さはこのフロアの安全地帯と同程度か。

 入り口から縦に伸びる長方形で、幾つもの柱が地面と天井と結んでいる。


 その最奥。

 邪神の祭壇めいたものを背後に、何かが俺たちを待ち構えていた。


「ようこそ我が部屋へ」


 そいつは得体の知れない姿をしていた。


 人間のように頭部と胴体、そして四肢がある。

 だがそのバランスは酷く歪だ。


 後頭部が顔の倍くらいあり、腕は異様に長くて太い。

 反面、足が腕と同程度の長さしかないのだが、それでいて猿のような前傾姿勢ではなく、しっかりと背筋が伸びて二足で立っている。

 昆虫めいた目は赤く、皮膚は金属のように黒光りしていた。


 外見だけ見れば、とても人の言葉を話せるとは思えない。


「ま、まさか、悪魔ですの……?」


 フィオラ王女が呻いた。


 かつて邪神の眷族として世界を脅かし、神々によって地上から追いやられたとされる存在だ。

 その力は人間を大きく凌駕しており、下級の悪魔ですら上級冒険者並だと言われている。

 時折、地上に侵入してくることがあるとも聞いたことはあるが……。


「ご名答です。もっとも、今は見ての通りこのダンジョンに身。ここから出ることもできず、ただ侵入者を待ち続けるだけの哀れな子羊ですがね」


 捕らわれている……?


『恐らくこのダンジョンによって使役されておるのじゃろう。まぁ他の魔物と同じじゃな』


 悪魔は言う。


「一体どれくらい待ったことでしょうか。まさか今の今まで誰一人としてやって来ないとは思いませんでしたからねぇ……」


 それから堪え切れないといった様子で不気味な笑みを零す。


「フフフ……けれど、ようやく楽しむことができそうです」


 禍々しい空気が悪魔の全身から立ち昇る。

 俺たちは警戒して身構えた。


「しかも男女二人……じっくりと可愛がってあげたいですねぇ……フフフフ」

『もしかしてエロいことかのう? ぐへへへ……』


 お前は神剣だろうが。

 なんで悪魔と共鳴してんだよ。


「そうそう。せっかくここまでお越しいただいたのです。まずは耳寄りな情報を教えてあげようではありませんか」

「……?」


 勿体ぶったような口調で悪魔は告げた。


「この穴底から脱出できる方法はただ一つ。このフロアのボスモンスターである私を倒すことだけです」

「っ!」


 やはりこいつがボスモンスターか。


「……助かったな」


 俺は思わず息を吐く。


「……ほう?」

「ボスを見つけるのにもっと時間がかかると思ってたんでな。すでに安全地帯も見つかっているし、後はお前を倒せばいいだけだ」

「フフフフ、やけに簡単に言ってくれますねぇ。ですが、私は嫌いではありませんよ。あなたのような自信に満ちた輩のこと。なぜなら――」


 直後、今までなかったはずの複数の気配が突如として現れる。


「――絶望したときの顔がとびっきり素敵なんですよねぇ」


 気づけば俺たちは謎の生き物たちに囲まれていた。


「こいつらは……っ?」

「私の配下の低級悪魔たちですよ」


 動物や魚めいた姿をした奴もいれば、昆虫のような見た目の奴もいる。

 魔物と大差ないように思えるが、しかしこいつらはすべてれっきとした悪魔らしい。


 悪魔の外見は不定だとは聞いていたが……共通点すらほとんどないじゃないか。


「低級とは言っても、人間の小さな町程度なら一体でも滅ぼせるくらいの力はありますけれどねぇ」


 しかもその数は軽く二十を超えている。

 底が知れないボス悪魔に加えて、こいつらをたった二人で相手取るのはかなり厳しいな……。

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