第20話 ばっちり見えるのじゃ
奈落の底にも魔物が棲息していた。
ぐにょぐにょした謎の巨大な肉塊めいた魔物だったり、無数の目玉を持つ魔物だったり、複数の昆虫を繋ぎ合わせたような奇怪な魔物だったりと、どいつもこいつも見た目がグロい。
強さはさほどでもないのが幸いだった。
近づくのも嫌なので、遠距離攻撃で倒しながら進んでいく。
もちろん崖伝いだ。
どこかに穴の上へと登れるルートが見つかるかもしれないからな。
「……」
「……」
それにしてもこの状況である。
情報のない未踏領域に落ちてしまったことより、フィオラ王女と二人きりということが、よりいっそう俺の神経をすり減らしていく。
あのままでは死んでいただろうところを助けてやったからか、今までのような険悪な雰囲気はないのだが、和やかな会話を交す間からというわけでもないので、基本的にはずっと沈黙が続いていた。
そんな感じで数時間の探索をしたのだが……未だにそれらしき箇所を発見することができていない。
もしかしてこの穴底、脱出するには絶壁を登るしかないのだろうか……。
そんなふうに暗澹たる気持ちになりつつあったときだった。
「っ……これは……」
「ど、洞窟ですわ……」
延々と続いていた絶壁に突如として現れたのは、大きな横穴だ。
高さは二メートル、横幅は三メートルくらいあるので、立ったままでも十分通ることができるだろう。
「……入ってみるぞ」
フィオラ王女がこくりと頷く。
俺が先頭に立ってその横穴へと侵入した。
何が起こるか分からないので最大の警戒をしながら進んでいくと――
洞窟の奥にあったのは、意外にも広い空間だった。
魔物はいない。
ただ静寂に満ちており、危険な気配すらも感じられなかった。
この感覚、覚えがある。
「まさか、安全地帯か……?」
どのフロアにも必ず存在し、魔物が出現しない休息エリア。
そして同時に次の階層へと続く階段が存在している。
さらには、地上へ帰還するための魔法陣がある場所。
間違いない。
俺たちは運よく安全地帯を見つけてしまったようだ。
「よかった、これで地上に戻れるぞ」
そう思っていた時期が俺にもありました。
「何で階段も魔法陣もないんだよ……」
どんなに探しても見つからない。
広いと言っても、二分もあれば端から端まで移動できるくらいの空間である。
ちょっと周囲を見渡せばすぐに見つかるはずだった。
……いや、待て。
ここは未攻略フロアだ。
このダンジョンでは、新たな階層へ進むためには必ず一度ボスモンスターを撃破しなければならないという。
もしそれが階段だけでなく、脱出用の魔法陣についても同様だとしたら?
「……つまり、このフロアのどこかにいるボスモンスターを探し当てて、討伐しなければならないということか……」
軽く眩暈がした。
この穴底は広大だ。
どこにいるかも分からないボスを見つけ出すだけでも容易なことではない。
「それならまだ上に戻れそうな場所を発見する方が簡単だな……」
結局ふりだしに戻ったわけか。
とはいえ安全地帯を見つけたのは大きい。
「ここを拠点にしてフロアの調査を進めていくぞ」
「はい!」
「……?」
なぜかやたらと元気な声が返ってきて、俺はついまじまじと彼女の顔を見てしまう。
こんな状況だというのに、その表情に悲壮感はない。
どころか、むしろ嬉しそうなのだが……?
と、そこで俺はハッとする。
いつの間にか王女様相手に随分と粗野な言葉で話してしまっていた。
「……す、すぐに行けそう……ですか? それとも少し休憩されますか?」
丁寧な口調へと強引に軌道修正する。
「……」
するとどういうわけか、フィオラ王女が不機嫌そうに眉根を寄せた。
もしかして俺の失礼な言葉使いに気づいていなかったのに、下手に変えてしまったせいで気づかせてしまったのかもしれない。
お陰でぎこちない空気になってしまいながら、俺たちは安全地帯を出てこの穴底の調査を再開した。
しかしやはりそれらしき場所を発見することはできず。
安全地帯へと戻ろうとした、そのとき、
『ルーカスよ。向こうに何かがあるぞ』
ウェヌスが何かに気づいたらしい。
剣先を傾けて、崖とは逆、つまり穴の中心方向を指す。
「本当か?」
『うむ。何やら建物のようじゃが……』
その言葉を信じて、行ってみることにした。
「まだか?」
『もう少し先じゃの』
「お前、そんな遠くまで認識できたっけな?」
ウェヌスは刀身状態でも周囲の状況を把握することができるのだが、その範囲はせいぜい数十メートル程度かと思っていた。
『我も成長しておるのじゃよ。特にここは遮る物がほとんどないからの。遠くまでよく見えるのじゃ』
ちなみにその認識能力は明暗に左右されないようで、だからこそこうした暗い場所では俺よりも遥かに見えるのだ。
『お陰で夜の営みもばっちり見えるのじゃ』
……さいですか。
崖から離れるほど闇が濃くなっていくようで、少しずつ視界が悪くなる。
すぐ近くにいるはずのフィオラ王女の姿ですら、ほとんど見えなくなってきた。
ぎゅっ……。
不安になったのか、俺の服の端を掴んでくる。
『着いたぞ。これじゃ』
そうして立ち止まったが、暗くてそこに何かがあることしか分からない。
火を灯してみた。
浮かび上がったのは巨大な建物だった。
「神殿……?」
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