第18話 俺が行く

 幾条もの稲妻がボスモンスターに直撃する。

 そのたびに轟音が辺りに響き渡った。


 やがて静寂が訪れる。


『やったか……?』


 ウェヌスが呟く。

 ……その台詞なんとなく嫌な予感を抱かせるんだが?


 ギギギッ……ガジャガジャ……ッ!


 その予感は現実のものとなった。


「そんなっ……あれでも倒せませんの……っ?」


 ボスモンスターを完全に仕留めることはできなかったようで、あちこちから煙を吐き出しながらも動き出した。

 だが明らかに動作が鈍い。


「十分だ!」


 俺は屋根を蹴って一気に肉薄する。

 あの光弾を至近距離から放たれては防ぐことができないが、すでに二発放っているためしばらく撃てないはずだ。


 ぎこちない動きで脚や腕を繰り出してきたが、俺はそれを躱しながら跳躍し、胴体の上へ。


「今度こそ死んでくれよっ」


 そしてウェヌスを思いきり突き刺してやった。






「「「どうにか辿り着いた……」」」


 一同から思わずといった様子で安堵の溜息が漏れた。


 廃都フロアと呼ばれている第十二層。

 俺たちは無事にその安全地帯へと辿り着いていた。

 都市のほぼ中心に位置していたシンボル的な時計台の中である。


 あのボスモンスターにトドメを刺した後も、次々と仲間を呼んで幾何級数的に増えていくクリーニングロボには大いに苦戦させられた。

 さすが長きに渡って未攻略とされてきたフロアだけあって、これまでの階層の中で間違いなく最難関だった。


 しかしフーゼル王子はよく学院生時代にこんなところを攻略したよな。


「ルーカス卿のお陰です。我々だけではここまで来ることはできなかったでしょう」


 マリーシャから礼を言われる。


「……だよな」


 思わず頷いてしまった。

 俺がいなかったらどうしていたのか。


「ほ、本当に感謝していますっ……もちろん殿下も……こ、言葉には出されませんが……」


 焦り出すマリーシャ。


『くくく、今ならお主が色々と要求しても応じるのではないかのう。間違いなく乳くらいは揉ませてくれるじゃろ』


 しねぇよ、アホ。


「気にするな。やると言った以上、最後まで付き合う」


 俺はそう請け負う。


『すでに一度帰りかけたがのう?』


 言うな。



 第十三層:奈落フロア


 そうして俺たちはようやく未攻略の階層へと辿り着いた。


「なるほど……これが奈落と言われる所以か……」


 脚を踏み入れてすぐにその意味を理解した。

 なにせ目の前に巨大な穴が開いているのだ。


 淵から覗きこんでみても、数十メートル先から完全に闇に呑み込まれており、底がまるで見えない。

 今俺たちがいるところだと完全な絶壁になっているので、降りていくのは難しそうだ。


「どこかにこの穴を降りていける場所がある……はずです」


 マリーシャが自信なさそうに言う。

 どうやらまだそのルートすらも発見されていないらしい。


 なので実際に降りる道があるかどうかも分からないということだ。

 しかしさすがに命綱を付けてこの崖を降りていくのは自殺行為だぞ?


「と、ともかく、この穴に沿って調査をしていきましょう」


 穴の周囲にはおよそ五、六メートルの幅の足場があった。

 それなりに広いので、普通に歩いている分には誤って足を踏み外す心配はないだろう。


 ただ、やはりと言うべきか、魔物が出現した。


「キエエエエエッ!」


 力強い鳴き声を響かせて空中から襲い掛かってくるのは、鷲の上半身と獅子の下半身を持つ魔物。

 グリフォンだ。


 全長は四メートルを超えているというのに、巨大な翼をはためかして猛スピードで滑空してくる。

 ただでさえその鋭い嘴も四肢の爪も強力なのだが、そこに飛行による加速が加わると尋常ではない攻撃力だ。


 しかも下手をすれば奈落の底に真っ逆さまになるだろう、このフィールド。

 当然、攻撃を避ける際にも注意が必要だ。


「クエエエエエエエッ!」

「防御結界」

「ッ!?」


 なので俺はあえて回避せず、結界を展開して迫りくる巨体を受け止めた。

 結界はあっさり破壊されてしまったが、突進を防いだだけで十分だろう。


 すかさず斬りつける。


「ギエエエエッ!?」


 一撃で仕留めることはできず、グリフォンは素早く空へと退避したが、その身体には炎が燃え移っていた。

 もちろん俺がやったのだ。


 グリフォンは空中で身体を何度も回転させて火を消そうと試みるが、毛深い身体に燃え移った炎はなかなか消火できず、そのまま穴の底へと落ちていった。


 グリフォンの他に、アンズーという魔物も出現した。

 こちらは獅子の頭と鷲の身体である。

 前脚がない分、グリフォンよりやや攻撃力に劣るが、代わりに飛行速度が高く、こちらも強敵だった。


 しかしもっとも厄介だったのが、ピックスワロウだ。

 頭部に尖った角を持つ燕の魔物で、身体は小さいが高速で突撃してきてその角を突き刺してくる。


 薄暗いフロアということもあって飛んでくるのが見づらく、ノラクが肩を負傷させられてしまった。

 サーラの治癒魔法ですぐに治ったが。


「この分だと、よっぽどしっかりした場所を探さないといけなさそうだな」


 こんな魔物が襲ってくるのだ。

 無防備を晒しながら崖を降りていくわけにはいかない。


 だが一時間ほど進んでも、ずっと絶壁が続いているだけだった。

 ほとんど垂直である。


「それにしてもデカい穴だな……今どれくらい進んだんだ?」

「分かりません。フーゼル殿下のユニットも、結局この穴を一周する前に引き上げてしまったそうですし……」


 このダンジョンは下層に行くほどフロアが広くなっているという説がある。

 あながち間違っていないかもしれないな。


 と、そのときだった。


「きゃあっ!?」


 最後尾にいたサーラの悲鳴で、俺たちは背後を振り返った。

 そして目に飛び込んできた光景は、足を踏み外してしまったのか、奈落の方へと大きく上半身を傾かせたフィオラ王女の姿だった。


「で、殿下っ!?」


 フィオラ王女は一瞬何が起こったのか分からないという顔をしていたが、すぐに慌てて手を伸ばした。

 崖の縁を掴もうとしたのだろうが、しかし数センチほど届かない。


「きゃああああああっ!?」


 そのまま悲鳴とともに奈落へと落ちていく。


「殿下ああああっ!」


 マリーシャが後を追って飛び込もうとした。

 俺はその肩を掴んで、すんでのところで引き戻す。


「は、放してくださいっ! 殿下がっ!」

「お前じゃ犬死だ! 俺が行く……っ!」

「っ……」


 息を呑むマリーシャを後方へ突き飛ばしてから、俺は崖の向こうへと跳躍していた。

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