第17話 連発ができぬのじゃろう
俺たちがいる屋根へと登ってきたのは、巨大な鈍色の蜘蛛っぽい魔物だ。
ただ生き物めいた気配を感じない。
やはりこいつもマシン系の魔物。
全身が金属でできているのだろう。
昆虫めいた身体を動かす度に、金属が擦れ合うような音が響いている。
脚は全部で十本。
その中心にずんぐりとした楕円形の胴体があり、その胴部には目のような半球状の物体が幾つも付いていて、ピカピカと点滅している。
それだけならかなり蜘蛛に近いのだが、胴部には腕のような部位が二本あった。
蟹や蠍の鋏のようなイメージだが、ただしその先端は棍棒のように膨らんでいるだけで鋏ではない。
殴りつけるための器官かとも思ったが、棍棒の中心には穴がついていた。
「こ、これは……バトルタンクっ!? このフロアのボスモンスターです……っ!」
マリーシャが焦燥に満ちた声で叫んだ。
「攻略法は分かるか?」
「わ、分かりません。ただ、フーゼル殿下のユニットもこのボスの攻略に大いに苦戦したと聞いています!」
このダンジョンでは、新たな階層へ進むためには、一度ボスモンスターを撃破しなければならないとされている。
そうして初めて階段が解放され、以降の攻略者たちはボス戦を回避しても、次のフロアへと行くことができるようになるらしいのだ。
ゆえにこの階層を突破したということは、フーゼル王子とその一行はこのボスを討伐したということになる。
ガシャガシャガシャッ!
狭く不安定な屋根の上であることなど意に介さず、そのバトルタンクは金属の脚を高速で蠢かせて突進してきた。
逃げ場がほとんどない。
下手をしたら全員があいつの下敷きだ。
「させるかぁぁぁっ!」
ノラクが盾を構えて前に出た。
「お、おい……っ!」
「おおおおおおおおおおおっ!」
また先ほどの二の舞いになるのではと思ったが、クリーニングロボに突進されて吹っ飛ばされたときとは気迫が違う。
あのときは油断していたのだろう。
「プロテクトモード!」
さらにサーラが補助魔法でノラクの頑丈さを引き上げた。
これならバトルタンクの突進を押し留めることができる……?
直後、両者が激突し、
「ぐおおおおっ!?」
案の定ノラクはあっさりと吹っ飛ばされた。
「だよなぁ。まぁ、あのゴミ箱とは重量が違うからな……」
しかしボスモンスターの勢いが半減しただけでも十分だ。
その間にフィオラ王女が詠唱を終えていた。
「ライトニングバースト」
落雷が金属の巨体を襲った。
こいつらマシン系は電撃に弱いはずだ。
クリーニングロボのようにこれで動かなくなる――
ガシャガシャガシャッ!
「――さすがにそう上手くはいかないかっ!」
一瞬動きが鈍くなったように見えたが、すぐに元の機敏さを取り戻してしまった。
「ですが効いてないわけではありません! 殿下! もっと威力を上げれば……」
「わ、分かっていますの!」
フィオラ王女は再び詠唱を始める。
先ほどよりも長い。
恐らくより強力な魔法を放つつもりなのだろう。
「私が囮をします! ミリアナ!」
「りょ、了解っ!」
「クイックタイム!」
詠唱のための時間を稼ぐため、身軽な二人が走り出す。
すかさずサーラが補助魔法で二人の素早さを引き上げた。
ミリアナが投擲したナイフに反応して、ボスモンスターが後を追いかける。
「こ、怖いぃぃぃっ!」
屋根から屋根へと飛び移っての追いかけっこ。
軽快な動きで迫りくる巨体に、ミリアナが悲鳴を上げている。
「二人とも離れてくださいまし!」
ようやくフィオラ王女の詠唱が完了したらしい。
マリーシャとサーラがボスモンスターから全力で距離を取る。
そして、
「サンダースト――」
そのときボスモンスターが謎の腕部の先端の穴をこちらに向けた。
「っ! 危ないっ!」
「ひゃっ?」
俺は咄嗟にフィオラ王女を押し倒していた。
その直後、穴の奥から飛び出してきた光弾が頭上を擦過。
それが背後の地面に着弾し、一瞬にして屋根を貫通してしまった。
「こんな隠し技を持ってやがったのか……!」
「っ……」
フィオラ王女が息を呑んでいる。
今のが直撃していたら一溜りもなかっただろう。
だがなぜ今まで使ってこなかったんだ……?
『連発ができぬのじゃろう』
その可能性が一番高いだろうな。
恐らく一度放つと、しばらくは充填するための時間が必要なのだろう。
あいつの腕は二本ある。
つまりもう一発はすぐにでも放てるということだ。
「マリーシャ、ミリアナ、あとノラクもだ! 引き続きあいつを引きつけて置いてくれ! 殿下、もう一度今の魔法の詠唱を!」
「……む、無理ですわっ……やっぱりあたくしには無理ですの……っ!」
「殿下?」
「あ、あたくしは所詮、この程度なんですの! お兄様とは違うんですわ!」
彼女は首を大きく振って、いきなり癇癪を起したように叫び出す。
俺は一瞬戸惑ったが、しかし今は一刻を争う状況だ。
フィオラ王女の腕を取ると、その目を見詰めて断言した。
「心配しなくていい。またあれを撃ってきたら俺が何とかする」
「っ……」
「絶対にだ」
俺はフィオラ王女を護るようにして立つ。
王女はしばし躊躇していたが、それでもすぐに立ち上がって詠唱を始めてくれた。
するとそれに気づいたのか、ボスモンスターはマリーシャたちを無視してこちらへと突っ込んでこようとする。
先ほどのことといい、フィオラ王女が発動しようとしている魔法が自分にとって危険だということを察しているのだろう。
「この野郎っ!」
ノラクが盾を構えて横から全力でタックルを見舞った。
ボスモンスターの巨体が僅かに後退し、屋根から落ちそうになる。
互いに積み重なり合いながら今にも屋根に届きかけていたクリーニングロボの頭を蹴って、どうにか体勢を立て直す。
ブンッ!
「ぶごっ?」
お返しとばかりにボスモンスターが腕を振るい、ノラクはそれを盾のない横合いからまともに喰らってしまう。
「ぬおおおっ?」
「ゴミハッケン、ゴミハッケン。オソウジシマス、オソウジシマス」
もう少しで落下し、クリーニングロボの餌食になりかけたノラクだったが、どうにか屋根にしがみついて耐え切った。
ボスモンスターが腕部の先端をこちらへ向けた。
この距離で詠唱をキャンセルさせるには、あの光弾を使うしかないと判断したのだろう。
「ひっ」
「大丈夫だ! 俺がどうにかする!」
直後、光弾が放たれ、音を置き去りにするような速度で迫りくる。
俺は防御結界を展開した。
セレスの疑似神具譲りの能力だ。
光弾が結界に激突し――――パィィィンッ!
あっさりと砕かれてしまう。
元より予想していたことだ。
セレスの結界ならともかく、劣化版では防ぐことなどできない。
しかし一瞬だが時間を稼ぐことはできた。
光弾の軌道を読むには十分だ。
俺はウェヌスを構え、その剣腹で結界を破った光弾を受け止める。
さすがにこの神剣を破壊することは不可能だろう。
それでも凄まじい衝撃が両腕に走り、吹っ飛ばされそうになるが、
「ぬおお……っ!」
気迫で堪え切った。
光弾がフィオラ王女を狙った軌道から逸れ、明後日の方向へと飛んでいく。
「い、いけますわっ!」
そのタイミングでフィオラ王女の詠唱が完了する。
巻き添えを食わないよう、俺はその場にしゃがみ込んだ。
「サンダーストーム!」
雷の豪雨がボスモンスターを襲った。
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