第16話 オソウジシマス
「ふぅ……どうにか撒いたか」
「そのようですね……」
俺たちは廃墟の中に隠れ、一息ついていた。
クリーニングロボという謎の魔物と戦い、幾つか分かったことがあった。
一つはフィオラ王女の雷魔法が効くということ。
似たように生命を持たないリビングアーマーやゴーレム系の魔物には効果がないため、まったく期待していなかったのだが、どうやら弱点だったらしく、一撃で動かなくなった。
二つ目は見た目以上に重量があり、そして異様に防御力が高いということ。
下手をすればドラゴンの鱗以上だ。
それでも俺がウェヌスで斬りつけると、どうにか刃が通った。
ただし心臓部が身体の中心にあるようで、そこを破壊しない限り、幾らでも動けるらしい。
まるでアンデッドだ。
三つ目はそうした胴体の防御力の高さとは裏腹に、腕部は比較的脆いということ。
なのでまず先にその腕部を破壊してしまえば、突進以外の攻撃手段を失うため後は楽だった。
そして四つ目。
どうやら仲間を呼ぶらしい。
それも大量に。
早い段階で最初の三つを発見し、すでに数体を撃破。
俺たちは善戦していたのだが、まるでイナゴの大群のようにわらわらと際限なくやってくる奴らを前にしては、さすがに慌てた。
取り囲まれて一斉に突進されれば、下手すると圧殺されかねない。
俺たちは一も二もなく逃走したのだった。
もちろん追いかけてはきたが、狭い路地に入ったところで奴らはお互いに激突し合い、詰まってしまったようだ。
それでも何体かは後を追ってきていたが、階段を上った直後から付いてこなくなった。
あの魔物、階段は上れないらしい。
それに気づいた俺たちは、建物の二階に避難して今に至るというわけだ。
……ちなみに治癒術師のセーラの足が遅いので、俺が抱きかかえる羽目になった。
こういうのは大柄なノラクの役目だろうと思ったが、ノラクはノラクであまり足が速くなかったので仕方がない。
「それにしても、さすがは十二層ですね……。やはり魔物も一筋縄ではいかないようです」
長い間、未攻略だっただけのことはある。
「あの遠くに見える時計台……あそこが次層への階段のある場所です」
「随分と距離があるな」
窓の外を眺めながら目的地を確認する。
あの謎の魔物を蹴散らしながらあそこまで行くのは骨が折れそうだ。
しばらくして俺たちは潜んでいた建物を出た。
付近にクリーニングロボの姿はない。
先ほど屋上に登って逃げてきた道の方を確認してみたが、まるで持ち場へと帰っていくように引き返していくのが見えた。
「つまり一定以上離れると追ってこなくなるということか」
「そのようですね」
奴らは普段、決まった範囲を巡回しているようだ。
敵を見つけない限り、そこから離れることはないらしい。
どうやって敵を察知しているかは分からないが、発見するなり襲い掛かり、同時に際限なく仲間を呼ぶ。
調べてみたところ、顔(?)がこちらを向いていたとしても、百メートル以上離れていれば気づかれることはないようだった。
あるいは間に建物などの遮蔽物があれば発見されないらしい。
いずれにしてもあまり戦いたくない相手だ。
幸い廃都というフィールドのお陰で、隠れる場所には事欠かない。
俺たちは奴らを回避しつつ進んでいった。
ただ、どうしても戦わなければ進めなさそうな箇所もあって、
「だ、ダメです、マリーシャさん。迂回できそうなルートがありませんっ」
偵察に行っていたミリアナが戻ってきて報告する。
「仲間を呼ぶ前に速攻で倒すしかないな」
このメンバーの中で、あれを一撃で倒せるのは俺かフィオラ王女だけだ。
まぁ俺がやればいいか。
「ゴミハッケン」
接近していくと、こちらに気づいて点滅する一つ目を向けてきた。
構わず一息で距離を詰める。
「ゴミハッケン。オソウジシマ――」
ズバッ!
円筒形の身体に刃がめり込み、その心臓部を破壊した。
他の魔物と同様に灰と化して崩れていく。
「あんな硬い魔物をあっさりと斬るなんて……」
「さすがは神剣……」
「さて、先に進むか――」
「っ! ルーカス卿!」
マリーシャの声に振り返ると、入り組んだ道のあちこちからクリーニングロボが現れた。
「ゴミハッケン、ゴミハッケン。オソウジシマス、オソウジシマス」
「ゴミハッケン、ゴミハッケン。オソウジシマス、オソウジシマス」
「ゴミハッケン、ゴミハッケン。オソウジシマス、オソウジシマス」
「ゴミハッケン、ゴミハッケン。オソウジシマス、オソウジシマス」
マジかい。
どうやら一体に発見されると、即座にそのことが他の個体に通知されるらしい。
俺の〈念話〉に近いような能力を持っているのかもしれない。
「建物の上だ!」
迫りくる一団から逃走しながら叫ぶ。
この一帯は一階建ての建造物が多いので、屋根の上へと避難するしかない。
しかし結構高いな……。
だがやるしかない。
俺は壁を蹴って飛び上がり、屋根のふちを掴む。
後は懸垂の要領で這い上がった。
よし、なんとか一発で上手くいった。
「る、ルーカス卿っ……我々にこの高さは……」
「ノラク、台になれ!」
「わ、分かった……!」
大柄なノラクの背中を足場に、フィオラ王女やマリーシャ、ミリアナが登ってきた。
その間に、俺はロープを使ってサーラを引っ張り上げてやった。
最後にノラクを引き上げ、どうにか避難は完了したが、
「どんどん集まってくるな……」
やはりある程度の距離を取らなければ、ターゲットされた状態のままらしい。
「って、こいつら登ってこようとしてるし!?」
しかも他の個体を足場にして屋根に上がってこようとしている。
少々危険だが、俺たちは屋根を伝って移動していくことにした。
と、そのときだ。
「な、なぁ、なんだ、あいつは……?」
ノラクが慄くような声で指をさす。
その方角を見遣ると、続々と集まってくるクリーニングロボたちの後を追うように、こちらと近づいてくる謎の生き物の姿があった。
ガシャガシャガシャガシャッ――
接近してくるにつれ、その全貌が明らかになる。
全長は四、五メートルほどだろうか。
蟹のような、あるいは蜘蛛のような姿をしており、金属音を奏でながら巨体を感じさせない動きで移動している。
やがてそいつは俺たちがいる建物の前までやってきた。
巨大だが、さすがに俺たちの方が高い位置にいる。
これなら有利に戦えるはず――――そんな予想は一瞬で覆された。
「「「なっ!?」」」
なんとその長い四肢を器用に使って、俺たちのいる屋根まであっさりと上ってきたのだった。
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