第15話 ゴミハッケン
第十一層:奇岩フロア
第十層を突破した俺たちは十一層へと足を踏み入れていた。
規則性のない不思議な形状の岩が無数に乱立している。
色も真っ白なものから赤茶けたもの、黒いもの、青みを帯びたものなどがあって、非常にカラフルだ。
その様は海のサンゴ礁を思わせる。
「今のところ、この階層が我々のユニットが到達した最高到達地点となります。ですが少し探索をした程度ですので、情報の多くは資料や伝聞によるものです」
マリーシャが言うには、そもそもこのフロアまで辿り着いた者があまりいないらしく、その情報もどこまで当てになるのか分からないという。
「ただ、最近ではフーゼル殿下が踏破されていますので、目的地への道筋は間違いないかと」
「……」
フーゼルという言葉を聞いて、フィオラ王女が微かにその表情を歪めたように見えた。
そう言えば、王様は息子のフーゼル王子よりも娘のフィオラ王女の方を贔屓しているが、その王女自身は王女のことをどう思っているのだろうか?
母親が違うそうだし、市井の噂でもあまり仲がよいと聞いたことはない。
奇岩フロアの気候は、第十層とは打って変わって非常に穏やからしい。
ただ、時に絶壁をクライミングしたり、狭い穴を潜ったり、あるいは崖を下ったりと、移動がなかなかハードだった。
「ガルアアアッ!」
そんな中で、よく襲い掛かってくるのはバンダースナッチと呼ばれる魔物だ。
毛のない虎のような見た目をしており、四肢が長く、細身でしなやかな身体付きを活かして、複雑な奇岩フロアを悠々と移動することができる。
知能も高いようで、岩の陰に身を潜めながら奇襲してきたり、岩から岩へと飛び移りながらのヒット&アウェイを仕掛けてきたりと、なかなか苦戦させられた。
奇襲と言えば、ロックエントと呼ばれるトレントの亜種と思われる魔物が非常に厄介だ。
岩の身体を持つ魔物なので、この奇岩フロアでは完璧に姿を紛れ込ませることができるのだ。
しかも完全に岩に成りきることができるようで、そうなるとミリアナでも簡単には察知できなくなってしまう。
「っ……危ない!」
「うわぁっ!?」
そのミリアナが通りかかった岩壁が急に動き出したことに気づき、俺はすかさず剣をそこへ突き立てた。
ガキンッ、という硬い音が響きながら、剣先が岩を貫く。
やはりロックエントだったらしく、灰と化して足元に堆積した。
「うぅ……今のはさすがにシーフとしての矜持を傷つけられたかも……」
「気にするなって。恐らくこいつは岩だけあって、生命反応を極限までなくすことができるんだろう」
俺も実際に動き始めるまで気がつかなかったしな。
「は、はい……。あっ、今のは助かりましたっ」
「いや、いいって。まぁ、せっかくこうしてパーティを組んでいるわけだし、協力し合いながら進んでいこう」
俺は努めて明るく言う。
空気を悪くしてしまった自覚があるので、少しでもそれを和らげたいというおっさんの足掻きである。
「……あ、ありがとうございます」
それが功を奏したのか、俺に対して余所余所しかったミリアナが少し笑ってくれた。
「ここは彼女だけに頼らず、皆で周囲に気を配った方がいいでしょう」
マリーシャの提案もあって、俺たちは全員で警戒しながら奇岩の道を進んでいった。
第十二層:廃都フロア
奇岩フロアを突破した俺たちを待っていたのは、廃墟と化した都市だった。
老化した幾つもの建築物が延々と立ち並び、その広大さからして、セントグラの王都をも凌駕する規模だったのだろう。
といっても、ここはダンジョンの中だ。
もちろんこれは実際にあった都市ではなく、ダンジョンが作り出した虚構の都市である。
「……すごいですわね」
「話には聞いていましたが……やはりダンジョンとは不思議なものですね……」
フィオラ王女たちも初めて訪れたフロアのようで、思わずその光景に見入ってしまっている。
と、そのとき。
「なんだ、あれは?」
「魔物か……?」
建物の陰から現れたのは、ゴミ箱をひっくり返したような円筒形の物体。
高さは一メートル半ほどだろうか。
「確か、クリーニングロボ、というマシン系の魔物です」
「マシン?」
「ゴーレムの一種、とされています。ただし全身が金属でできているそうです。私も初めて遭遇しましたが……」
このフロアの情報の大半は、初めてここを踏破することに成功したフーゼル王子が記録したものだという。
当然そこにはこのクリーニングロボのこともあったそうだが、
「残念ながら、あまり詳しいことは書いてありませんでした。いえ、それはあの魔物のことだけに限りません。このフロアを攻略したにしてはあまりに情報が少な過ぎるのです。……フーゼル殿下のことです。恐らく自分以外の者に利することを嫌い、意図的に重要な情報を記さなかったのでしょう」
ピカピカピカ!
そのときクリーニングロボの身体が回転して、顔(?)がこちら側を向いた。
一つしかない目が点滅している。
どうやら向こうもこちらを発見したらしい。
いきなり猛スピードで襲い掛かってきた。
「ゴミハッケン、ゴミハッケン。オソウジシマス、オソウジシマス」
感情の籠らない奇妙な声を発し、さらにはどこからともなく腕のような部位が二本、飛び出す。
その槍の穂先のような鋭利な先端が、キュウウウウンッ! と耳障りな音を奏でる。
「はっ、きやがれっ!」
迫りくる魔物を受け止めようと、盾役のノラクが威勢よく立ちはだかった。
ズドンッ!
「ふぐおっ!?」
「ノラク!」
だがバトルタンクに激突され、ノラクはあっさりと吹っ飛ばされてしまう。
全身が金属でできている、か。
どうやらこの魔物、見た目よりも遥かに重量があるらしい。
魔物は倒れたノラクに接近すると、その腕部を振るった。
ノラクが慌てて盾を構える。
ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!
凄まじい金属音。
盛大な火花が飛び散り、ノラクの盾が激しく損傷させられる。
「お、おれの盾がっ!?」
「先端が高速回転しているんだ!」
それによって切断力が増しているのだ。
ノラクの盾は一級品だが、それでもあの攻撃には何度も耐えられないだろう。
「はぁっ!」
ガキンッ!
「っ!?」
フィオラ王女が円筒形の身体を斬るつけるが、表面をいくらか抉った程度。
恐らくリビングアーマーやサーベルスコーピオン以上の硬さだ。
「っ! あ、あ、新手ですぅ……っ!」
そのときサーラが切迫した声で叫んだ。
直後、まったく個体差のないクリーニングロボが次々と姿を現した。
「ゴミハッケン、ゴミハッケン。オソウジシマス、オソウジシマス」
「ゴミハッケン、ゴミハッケン。オソウジシマス、オソウジシマス」
「ゴミハッケン、ゴミハッケン。オソウジシマス、オソウジシマス」
「ゴミハッケン、ゴミハッケン。オソウジシマス、オソウジシマス」
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