第14話 胃が痛い
マリーシャの説得もあって、俺は同行を続けることにした。
しかしフィオラ王女の方は大丈夫なのだろうか。
あんなふうに不躾に咎められ、恐らく俺以上に機嫌を悪くしているに違いない。
「ご心配には及びません。先ほど話をつけましたので……」
どうやらすでに説得してくれたらしい。
結局、謝る気はなさそうだが。
まぁそこは彼女自身の問題だ。
いや今後の国に行く末にも関わる問題だが……これ以上、俺から何かを言うのはやめておこう。
かえって反発を招くだけだろうしな。
まだ出発予定時刻まで時間がある。
とりあえず片づけかけていたテントを元に戻して、仮眠の続きを取ることにしよう。
と、そのとき、
「……はぁ」
マリーシャが秘かに溜息を吐いているのを見てしまった。
……俺と王女の間に挟まる形になって、最も心労を感じているのは彼女だろう。
彼女のためにもちゃんと依頼を全うしよう。
俺はそう思ったのだった。
出発前になって、あれから初めてフィオラ王女と顔を合わせた。
って、めちゃくちゃ目が赤いんだが。
まさか泣いていたのか……?
『間違いないの。あれは確実に泣きに泣いた後の目じゃ。くくく、女の子を泣かせてしまったのう?』
いやいや、別に泣くようなものじゃなかっただろ?
『今までロクに怒られたことが無かったんじゃろ』
……だからあんなに自分勝手に育つんだよ。
まぁしかし、ということは多少なり俺の言ったことが効いたのかもしれない。
そう信じたい。
フィオラ王女はまったく俺に目を合わせようとはせず、謝ろうという気配も無かったが、一応俺が続けて同行することは認めたようで何も言わなかった。
他の三人については、ノラクは完全に俺を敵視している感じだったが、ミリアナとサーラには発端がフィオラ王女にあることから俺を咎めるような様子はない。
しかし腫れ物に触るような態度である。
そんな微妙にピリピリした空気の中で出発することに。
「……胃が痛い……」
まとめ役のマリーシャがぼそりと呟いていた。
悪いな……。
第十層:砂漠フロア
その名の通り大規模な砂漠が広がっているフロアだ。
延々と砂地が続くため非常に歩き難く、しかも太陽もないのにサウナのような暑さ。
それに乾燥しているため、すぐに水分が欲しくなる。
加えてご丁寧なことにこのフロアは定期的に夜がやってくる仕組みがあるようで、辺りが真っ暗になるとともに、一気に気温が低下して極寒の世界と化すそうだ。
ここしばらく環境的には穏やかだった数フロアと比べると、また一気に厳しくなった印象である。
現れる魔物も決して侮れない。
俺たちの前に現れたのは、全長二メートルを超す巨大なサソリだ。
サーベルスコーピオンと呼ばれるこの魔物は、鋏の代わりにサーベルのような形状をした器官を有しており、それを振り回して襲い掛かってくる。
だが、そこにばかり意識を奪われていてはいけない。
本当に厄介なのは、鞭のように自在に動き、しかも先端に毒針を持つ尾の方だ。
「サーベルスコーピオンの毒は非常に致死性が高いです! サーラの治癒魔法なら解毒できますが、その前に死んでしまう可能性もありますので絶対に受けないようにしてください!」
「つまり相当ヤバイってことだなっ!」
俺はまさにその毒針の一撃をウェヌスで弾き返したところだった。
ノラクが盾役として正面からサーベルを防いでくれているので、背後から攻撃しようとしたら尾が反応して襲ってきたのだ。
「後方への察知能力もあるってことか」
その上、全身を覆う殻が硬くて、なかなか攻撃が通らないらしい。
ただし、
「ライトニングバースト」
「~~~~~っ!?」
フィオラ王女の放った雷魔法が直撃する。
肉が焼けた臭いとともに、サーベルスコーピオンの動きが鈍った。
どうやら雷撃には弱いようだ。
あの硬質な殻では防げないのだろう。
すかさず一斉攻撃を仕掛ける。
俺が真っ先に最も危険な尾をウェヌスで斬り飛ばす。
あとは比較的殻の薄い部分を狙ってダメージを与えていった。
やがて灰となって砂の上に堆積する。
「さすがです、殿下! やはり殿下の雷魔法は一級ですね! サーベルスコーピオンの殻を貫いて体内にダメージを与えるのは容易ではありません!」
王女の機嫌を直すためか、マリーシャが全力でヨイショしている。
本当にご苦労様である。
サンドワームは砂の中を潜行する巨大蚯蚓だ。
大きさには幅があり、小さいものは一メートルくらいだが、五メートルにも達する個体もいるという。
いきなり砂の中から飛び出して襲い掛かってくるので、常に足元への警戒が必要だった。
「あたしに任せてよ」
ミリアナが自信ありげに請け負う。
シーフの彼女は、戦闘力こそ乏しいものの、こうした敵の探知などで力を発揮する。
サボテンデスはその名の通りサボテンの魔物だ。
ほぼその場から動くことはないのだが、近づくと針を飛ばして攻撃してくる。
軽い麻痺毒を持っているらしく、もし痺れて動けなくなると延々と針を喰らい続ける羽目になるようだ。
動かないので魔法などの遠距離攻撃においては良い的なのだが、生命力が高くてなかなか倒せないため、それよりも迂回した方がマシということで避けて通った。
もちろんその分、さらに余計な体力を奪われることになるのだが。
レギオンアントは軍隊蟻の魔物である。
一体一体は体長三十センチほどだが、強力な顎を持っていて、噛みつかれると肉を食い千切られてしまいかねないという。
加えて何十体、何百体と群れていることがあり、そのためこのフロアでも最も危険な魔物の一つらしい。
一度だけ遭遇したが、俺たちは戦わずにやり過ごすことにした。
こちらから攻撃を仕掛けなければ向こうから襲ってくることはないようで、しばらくすると勝手に去っていってくれた。
しかしこの暑さと移動の大変さ、そして魔物との遭遇というハードな行軍の中でも、誰一人として文句は言わない。
フィオラ王女ですら泣き言を言わずに黙々と歩いている。
まぁ今は単にしゃべりたくないだけかもしれないが、その辺りはさすがだ。
やがて周囲が薄暗くなってきたが、真っ暗になる前にどうにか安全地帯に辿りつくことができた。
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