第13話 どんな教育されてんの

「ル、ルーカス卿……その少女は一体……?」


 当惑の表情を浮かべてマリーシャが訊いてくる。


「あ~、そういえば言ってなかったな……ウェヌス」

「うむ」


 ウェヌスが剣の姿へと戻った。


「まぁ、見ての通りだ」


 そして軽く掲げてみせると、彼女たちは目を丸くして、


「し、神剣っ……?」

「まさか今の幼女がっ?」


 再びウェヌスが人化する。


「その通り! この超絶美少女たる我こそが、女神ヴィーネの造りし神剣ウェヌス=ウィクトなのじゃ!」


 腰に手を当て、ない胸を張って偉そうに名乗り上げるウェヌス。


「お主ら崇めるがよいぞ! 捧げ物も大歓迎じゃ! 特に女子の乳や尻が大好物じゃから、ぜひ堪能させてくれたら嬉しいのう。ぐへへへ……」


 百歩譲って自ら超絶美少女と名乗るのはいいが、いきなりこの変態発言である。

 だから嫌だったんだよ、人化したこいつを見せるの……。


 マリーシャたちは明らかに引いている。


「な、何なのですか、この破廉恥な子供は……」

「ちょっ、どんな教育されてんの……?」

「見た目は可愛いのに……」


 いやこいつ神剣だし元からこうだからな?

 もちろん俺が教育したわけじゃない。

 だから俺に咎めるような視線を向けてこないでくれ。


「……ともかくだ。フィオラ殿下、なぜ俺の剣を勝手に持ち出したのか、聞かせてもらってもいいか? いや、いいですか?」

「っ……」


 俺が問い詰めると、フィオラ王女は一瞬怯えたように肩を震わせたが、すぐにその目に挑戦的な色が浮かび上がってきた。


「別に、少し見せてもらおうと思っただけですわ」

「……捨てるという発言をこいつが聞いていたそうですが?」

「き、記憶にありませんわ」


 どうやら白を切るつもりらしい。


 俺から神剣を奪う気だったのは間違いないだろう。

 恐らくクルシェ絡みの怒りや嫉妬からの行動だと思うが……。


「……さすがにそれは許せねーな」


 人の物を奪う。

 あるいは悪意を持って、破壊したり破棄したりする。

 それがいけないことであることくらい、子供ですら理解しているだろう。


 なのにこの目の前の王女は、平然と俺の剣を捨てようとした上に、そのことへの反省の念すらない。

 あまつさえ誤魔化そうとしているのだ。


「人の大事にしている物を平気で奪おうとするなんて、盗賊と同じだぞ」

「はて、我は大事にされておったかのう……?」

「お前は黙ってろ」


 つい言葉使いが乱暴になってしまっているが、知ったことか。

 王族だろうが何だろうが、盗賊同然の相手にへりくだる必要なんかないだろ。


「おいっ、殿下相手になんてことを――ひっ?」


 ノラクが口を挟もうとしてきたが、ひと睨みで黙らせる。


「ふ、不敬ですわ! あたくしを誰だと思っているんですのっ!」

「王族だと言いたいんだろうが、だったらそれに相応しい振る舞いをするんだな」

「……だ、黙りなさい! お父様に言いつけてもいいんですわよっ?」

「そうやって父親を盾に取らなければ何も言えないのか?」

「っ……」


 あの王様の溺愛ぶりだ。

 きっとこれまで甘やかされて育ってきたに違いない。


 その結果が、この自分勝手な娘である。

 しかも下手をしたら女王になるかもしれないというのだ。


「そうなったらこの国は終わりだな。……おい、ウェヌス、行くぞ」

「む? どうするのじゃ?」

「もうこんな奴に協力する気はなくなった。地上に帰る」

「ルーカス卿っ?」


 慌てるマリーシャを無視してテントの方へと戻る。

 ウェヌスが追いかけてきた。


「よいのか?」

「ああ。知ったことか」


 俺はすぐに撤収作業を始めることにした。








 ……やっちまったぜ。


 テントを片づけていると、怒りが収まってだんだんと冷静になってきた。

 自分が結構とんでもないことをしてしまったと、今さらながら気づき始める。


 確かに王女がしたことは許されることではないが、それでも一度受けた依頼だ。

 しかも王様から直々に。


 せめて依頼だけでもしっかり果たすべきだったと思うが、今さら「やっぱり帰るのやめまーす」なんて言い出せるような空気ではない。


 と、そこへ。


「る、ルーカス卿……」


 マリーシャが恐る恐るといった様子で近づいてきた。


「さ、先ほどは申し訳ありませんでした」


 そして深々と頭を下げてくる。


「……あんたが謝ることじゃないだろ?」

「も、申し訳ありません……」


 ついぶっきら棒な口調になってしまったが、彼女に怒っても仕方がないな。


「……ルーカス卿がお怒りになられるのももっともです。命よりも大切にされている神剣を奪い、捨て去ろうとしたフィオラ殿下の行為は、王族だろうと許されることではありません」


『はて? 命よりも大切にされた覚えはないがのう?』


「陛下が目に入れても居たくないほど可愛がってこられたこともあり、殿下は確かに我儘なところがありますが……ですが、決して善悪の分からない方ではありません。ただ……今は王宮での様々な重圧に加えて……その、クルシェ様のこともあり、さらにはこのダンジョン攻略……少し前から精神的に不安定になっておられまして……」


 だから冷静な判断ができず、あんな真似をしてしまったのだと、マリーシャは言う。


「いずれ殿下も自らの過ちを悟られるはず……。ですから、どうか最後までお付き合いいただけないでしょうか……? この先を進むには、ルーカス卿のお力が絶対に必要なのです……」


 そう訴え、彼女は再び頭を下げてくる。


 ……そこまで言われたら断れるはずもないだろう。


 というか、むしろ助かった!

 このまま王様の依頼を投げ出して帰ったりなんかしたら、どう考えてもヤバイだろう。


 そんな内心を悟られないよう、俺は神妙な顔で告げた。


「……分かった。マリーシャがそこまで言うのなら仕方がない」

「あ、ありがとうございますっ」


 むしろこっちが礼を言いたいです。

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