第12話 やはりロイヤルおっぱいは違うのう

 地面に寝かされていた神剣に手を伸ばそうとして、


「……おれはまだ……ほんきを出してない……」

「っ!」


 ビクッ、とフィオラの肩が反射的に跳ねた。

 まさか目を覚ましたのか。

 恐る恐る視線を転じる。


「もっと大きくなるぞぉ……むにゃむにゃ……」


 涎を垂らし、不気味な笑みを浮かべながら何やら呟いているが、どうやら寝言のようだ。

 ほっと胸を撫で下ろす。


 それにしても一体どんな夢を見ているのか。

 何が大きくなるというのか。


「……いえ、そんなことどうでもいいですわ」


 フィオラは今度こそ神剣を掴んだ。

 細腕で抱え上げると、ずっしりとした重みがある。

 そのまま息を潜め、忍び足でテントを出た。


 ようやくそこで一息つく。


「この剣さえなければ、あいつは何もできないただの中年男でしかありませんわ」


 見た目はどこにでもありそうなごく普通の剣だ。

 しかしこれこそが、あの男の力の源。


 フィオラは秘かにあの男の経歴を調査した。

 すると以前は冒険者をやっていたことが分かった。

 それもずっとDランクの冴えない冒険者だ。


 平民出の底辺冒険者が、僅か一年ほどであそこまでの強さを身に着け、あまつさえ辺境伯の爵位まで手に入れたのは、すべてこの神剣のお陰なのである。


「……ふふふ、見ものですわ。この剣を失って、再び底辺に落ちたとき、あの男がどんな顔をするのか……。きっと囲っている女たちからも見放されるに違いありませんわ……」


 ここは海岸フロアである。

 周囲にはどこまで続いているか分からない広大な海が広がっており、しかも無数の海の魔物が棲息している。

 そこに沈んだ一本の剣を、探し出すのは容易なことではないだろう。


 そう。

 フィオラはこの神剣を、このフロアの海に捨てる気なのだ。


 今の彼女を突き動かしているのは恨みの感情である。


 想いを寄せていた人物――クルシェが実は女性であった。

 そのことへ未だ気持ちの整理をつけられていないフィオラは、あらゆる怒りの矛先をルーカスへと向けることにしたのだ。


 逆恨みと言ってもよいかもしれない。


「絶対に見つけ出せないよう、できるだけ遠くに捨てないといけませんわ」


 テントを離れ、さらには安全地帯を出ようとする。


 と、そのときだった。

 隠すように胸に掻き抱いていた神剣が、なぜかその形状を変化させ始めたのだ。


「……え?」


 そして気づけば彼女は銀髪の幼女を抱いていた。


「見事な柔らかさと張り……そしてこの高級感漂う香り……。やはりロイヤルおっぱいは違うのう……ぐへへへ……」


 しかもその幼女は、フィオラの胸の谷間に思いっ切り顔を埋め、何やら意味不明なことを呟いている。


「い、いやあああああっ!?」



    ◇ ◇ ◇



 いやあああああああああっ!


「っ?」


 俺はテントの中で飛び起きた。

 今のは……悲鳴?


 まさか魔物でも現れたのか?

 安全地帯だというのに?


 寝ぼけた頭でそんな疑問を脳裏で過らせながら、俺はウェヌスを手に取ろうとして、


「……ない?」


 確かに昨晩、ここに置いておいたはずだ。

 ……置いたというか、放ったと言った方がいいかもしれないが。


「殿下っ!?」

「一体何が……っ?」


 テントの外からマリーシャたちと思しき焦燥した声が聞こえてくる。


 殿下ということは、まさかフィオラ王女の身に何かあったのか……?


 王様の顔が頭に浮かび、俺は慌ててテントを飛び出す。

 ウェヌスの行方は気になるが、どうせまた人化してそこらを勝手に散歩しているというオチだろう。

 それより早く王女の状況を確認しないと。


 テントを出ると、すぐにマリーシャたちの姿が目に入った。

 彼女たちが走っていく先には、悲鳴を上げているフィオラ王女がいて――


「いやあああっ! 何なんですの、この子供はっ!?」

「ぐへへへ……ロイヤルおっぱいは最高じゃ~」

「は、離れなさいっ! このあたくしを誰と思っ――ひゃんっ!?」

「ほほう、なかなか感度がええようじゃのう? そうじゃ。せっかくじゃし、ちょっと乳をしゃぶらせてはくれぬか?」

「~~~~~~~~~~っ!」


 猛烈な頭痛が襲ってきた。


 何やってんだ、あのアホ剣は……っ!


 テントにいないと思っていたウェヌスが、なぜかフィオラ王女に抱きつき、胸に顔を埋めながら卑猥なことを口にしているのだ。

 足を使ってがっちりホールドしているので、王女が振り落そうとしても離れない。


「で、殿下、その子供は一体……」

「それはあたくしが訊きたいですわっ!」


 予想外の展開にマリーシャたちはどうすべきか分からず立ち尽くしている。

 俺は彼女たちを追い抜くと、ウェヌスの後頭部を鷲掴みにした。


「何してんだ、馬鹿」

「あだだだだだだだだっ!? ちょっ、頭が割れるじゃろっ!」

「とっとと離れろ」

「ぎゃう」


 無理やり引っぺがした。

 地面を転がったウェヌスは涙目になりながら抗議してくる。


「むう、何をするのじゃ! せっかく至福の時じゃったというのに!」

「知るか! てか、王女殿下を襲うとか、お前、何を考えてんだよっ?」

「そうではないぞ! そもそもこやつの方から我を抱いてきたのじゃ! 我らのテントに忍び込んでの!」

「……何だと?」


 胸を押えてその場にへたり込んでいたフィオラ王女が、ビクリと肩を震わせた。


「それは本当か?」

「そんなことで我は嘘などつかぬ。しかもそのままどこかに連れ去られそうになったのでな、我は人化して仕方なく乳を堪能、もとい抵抗したのじゃ」


 いや堪能と抵抗ではまったく違うだろ。


「一石二鳥というやつじゃよ」


 しかしこいつの言っていることが本当だとすれば、王女はウェヌスを持ち出してどうしようとしていたのか?


「そういえば、『絶対に見つけ出せないよう、できるだけ遠くに捨てないといけませんわ』などと呟いておったの。大方、我を海の中に沈めようとしておったのじゃろう」


 マジか。

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