第10話 とっくに平常時だ

 どうにか息子は鎮まってくれた。

 のだが――


(大きい……)

(大きいです……)

(でか……)

(な、何か入れてる……?)


 ちらちらとこちら――の下半身を見てくる女性陣。


 服の性質上、もっこり状態なのは変わらないが、すでに平常時に落ち着いている。

 そんなに大きいはずがない。


 だいたいもっこりしているのはノラクだって同じだろう。

 そう思って彼の方を見ると、


「……は?」


 明らかに小さかった。


 え? おい、どういうことだ?

 普通、もっともっこりするだろ?

 なんでその程度しか膨らんでいないんだ?

 まさか、もっこりしないような上手い着方でもあるのか……?


「ひっ……」


 ついガン見してしまっていると、それに気づいたノラクが顔を引き攣らせて距離を取った。


「ち、違う! 俺は別にお前のソコを見たくて見ていたわけじゃないぞっ? 自分のと比べていただけだっ!」

「嘘を吐けっ! また勃起させてんじゃねーか!」

「させてねぇよ!? とっくに平常時だ!」

「……え?」


 ノラクが唖然としたように目を丸くする。


「それで勃ってない、だと……? その大きさで……?」

「ま、待て。これくらい、普通じゃないのか……?」

「ふ、普通じゃねぇよ! おれの倍くらいあるじゃねーか!」


 ……マジか。


『くくく、お主のは我が見てきた中でも一、二を争うぐらいの立派じゃからのう』


 どうやら俺のはデカいらしい。


 股間の大きさなんて、普通は他人と比べる機会などない。

 女性の胸と違って、普段は完全に衣服で隠れてしまっているからな。


 子供の頃に見せ合った記憶はあるが、あれはまだ成長し切っていないときだ。

 だから恥ずかしいことに、この歳になるまで気づかなかったのだ。


 いや、確かに娼婦からは何度も大きいと喜ばれたことはあったが……。

 あれは単に男を喜ばせるためのリップサービスで、誰にでも言っていることかと思っていた。


『その文脈でのリップサービスはアレしか想像できぬの?』


 やめろ、また膨らませてしまうようなことを言うな。


 しかしそうと知ると周りの視線が急に恥ずかしくなってきてしまった。

 胸が大きいことを隠したがる女性の気持ちが初めて分かったぜ……。

 今後はジロジロ見たりするのはやめよう。


 俺は手にしていたウェヌスの刀身で、こっそり股間を隠した。


『くくく、幼女の顔を自らの巨根に押し当てるとは、お主なかなかの変態じゃのう』


 今は剣だからセーフだろ。

 てか、刀身部が顔だったのか……。


 最初はしばらく砂浜が続いた。

 足が埋まってしまう砂地に苦戦させられつつも、硬質な殻と巨大な鋏を持つカニや人食いヒトデなどの魔物を倒しながら進んでいく。


 やがて岩礁地帯に入ると、今度はさらに足場が悪くなった。

 おまけに時折激しい波が押し寄せてきて、下手をすると浚われて海に落下してしまいそうだ。


「海中から攻撃してくる魔物もいるので気をつけてください」


 マリーシャが注意喚起する。


 しばらくして海中からサンゴでできた槍のようなものが飛んできた。

 俺はウェヌスを一閃して弾き落とす。


 海面に何かが顔を出していた。

 巨大な魚だ。


「いや、サハギンか」


 魚人とも呼ばれている魔物だ。

 主に水中に棲息しているが、陸に上がり二足歩行で移動することもできる。

 ただし陸での動きはかなり遅いらしいが。


「……あそこにもいますね」


 気がつけば俺たちはサハギンの集団に取り囲まれていた。


 海中にいる彼らに攻撃するのは容易ではない。

 向こうは向こうで、サンゴの槍を投げてくることくらいしかできないため、陸上にいる限りそれほど厄介なわけではないのだが、万一海に落ちてしまったときは大変だ。

 一気に群がられ、海底へと引き摺り込まれてしまうという。

 奴らはこちらが海に落ちてくる瞬間を待っているのだ。


 幾ら水中専用の服を身に着けているとは言え、海での戦闘は圧倒的に不利だ。

 なのでできれば今の内に倒しておきたいのだが……。


「ライトニングバースト」


 そのときフィオラ王女が魔法を発動した。

 雷が海に落ち、轟音が鳴り響く。


 気絶したサハギンたちが次々と海面に浮かび上がってきた。

 頭部は魚なのだが胴体や四肢があり、なかなかに気持ち悪い姿である。


「これで簡単に始末できますわ」


 彼女の言う通り、あとは岩に打ち上げられてきたところを仕留めるだけだった。


 さらに進んでいくと、泳がなければならなさそうな場所が現れた。

 水深は浅いところでも一メートル以上はあるという。


 しかし、泳ぎか……。

 故郷に川があったため、小さい頃はよく泳いだりしていたものだが、もう何十年も昔の話だ。

 まぁでも泳ぎ方というのは、一度身につければ忘れないって言うしな。


 今のところこの水中服には恥ずかしい思いをさせられただけで、あまり役に立っていなかったのだが、実際に海水に浸かってみるとその効果がはっきりと理解できた。


「なるほど、めちゃくちゃ水を弾いてるな。抵抗がほとんど感じられない」


 驚くほどの撥水性だ。

 試しに歩いてみたが、水中とは思えないほどスムーズに前進できる。

 剣を振ることもできた。


 泳ぎの方も問題なさそうである。

 すでに何度かこの階層に来たことのある王女一行も、全員ちゃんと泳げるようだ。


「魔物が集まってくる前に、向こうの岩場まで急ぎましょう」


 今は俺たち自身も水中にいるため、フィオラ王女の雷魔法は使えないからな。

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