第8話 相変わらず我への扱いが雑じゃのう

 翌朝、俺はアリアたちが転移魔法陣を使って地上へと帰還していくのを見送った。


「さて、と」


 ここからは先は俺一人だ。

 もちろんフィオラ王女のパーティ(学院ではユニットと呼んでいるが)と協力してダンジョンを攻略していくわけだが、正直その実力は疑似神具を手にした眷姫たちには劣っているだろう。

 その上、難易度もさらに上がる。


 あの娘を溺愛している王様のことだ。

 フィオラ王女に万一のことがあったら、どれだけ激怒することか。

 ……改めて厄介な任務を引き受けてしまったものだな。


『これ! 何が俺一人じゃ! 最高に頼れる美少女神剣、このウェヌス=ウィクトがおるじゃろう!』


 はいはい、分かってる分かってる。

 それより頼むから勝手に人化したりするんじゃないぞ。


『ぐぬぬ、こやつ相変わらず我への扱いが雑じゃのう』


 一行がやってくるまで、まだ時間がある。

 俺は少しでも成功確率を上げておこうと、あることを確かめておくことにした。


 ウェヌスを適当に構え、意識を集中する。


 ――ボウッ!


 すると刀身が赤熱し、赤々とした炎が立ち上がった。

 周囲の空間を歪ませるほどの高熱を発し、メラメラと燃え盛っている。


 さらに剣を振るえば、炎の塊が放たれ、近くの壁を焼いた。


「通常のオークくらいなら焼き豚にできそうだな」


 今のはアリアの疑似神具である〝紅姫〟の〈炎熱支配〉の能力。


 実は〈眷姫後宮(クイーンズハレム)〉には、疑似神具の【固有能力】の〝一部〟を使用できるという副次的な機能もあるのだった。


 もちろんアリアのものだけでなく、クルシェやリューナ、セレス、ララの疑似神具の【固有能力】も使うことができる。

 ただし同じレベルで、というわけにはいかない。


 実際に試してみたところ、それぞれ、


・炎を生み出せる。アリアのように自在に操るのは難しい。

・影を操ることができる。半径三メートルくらいまで。影の中にちょっとした物を入れておくことができるが、自分が入ることはできない。

・オークを吹き飛ばせる程度の風を起こせる。空は飛べない。

・同時に一面のみ、結界を作り出せる。オークの突進ぐらいなら十分耐えられそうな強度。

・手で触れたものを目に見える範囲の場所まで転送できる。大きさは拳大が限度。


 といった感じだった。


 言うならば劣化版だ。

 それもあって今までほとんど使う機会はなかったのだが、彼女たちがいない今回はこれらに頼る場面が出てくるかもしれない。

 影を操る能力なんかは、ポーションや食糧――当然ながら酒も――などを収納しておけるので、すでに役に立っていた。


『眷姫との仲がさらに深まれば、もっと効果も高まるはずじゃ。さすがに本家に及ぶことはないがのう』


 と、そのとき草原の向こうから集団が近づいてくるのが見えた。

 こんな深い階層までやってくる人間は滅多にいない。

 フィオラ王女のパーティだろう。


 しばらくして俺のいる安全地帯へと辿り着いた。


「辺境伯閣下、このような場所でお待たせすることになってしまい、大変申し訳ありません」


 マリーシャが恭しく謝ってくる。

 俺が辺境伯になったこともあって、以前よりも仰々しい態度になっていた。


「いや、気にしないでくれ」


 他のメンバーも有力貴族の子弟ばかりなのだが、平民出のこちらを侮るような雰囲気はない。

 前回フィオラ王女の救出に力を貸してやったわけだし、知らない間柄でもなかった。


 そんな中でフィオラ王女だけは、こちらに視線すら合わせようとしない。

 後方で一人、機嫌悪そうにそっぽを向いていた。

 思っていた通り、俺に対する怒りは相当なものらしい。


「す、少し休んでから出発するか?」

「いえ、その必要はないかと思います。……殿下、すぐに出発してよろしいですね?」


 マリーシャが確認すると、フィオラ王女は無言で頷いた。


 そうして俺たちはすぐに次の階層へと進むことになった。



 第八層:古城フロア


 滅びた王国の宮殿。

 そんな印象を受ける階層だ。


 出現するモンスターは、動く全身鎧――リビングアーマー。

 物言わぬ鎧が誰も居なくなった城を徘徊し続けている様は、まるで死してなお城を護ろうとする騎士の怨念が宿っているかのようで、なかなかに不気味だ。


 ここは以前、フィオラ王女が仲間と逸れてしまい、しかも運悪くボスモンスターに遭遇してピンチに陥ってしまったフロアでもある。

 だがすでにその後、彼女たちだけで攻略を果たしているようで、トラップに引っ掛かることもなく、さくさく進んでいく。


 ちなみにフィオラ王女のパーティは、彼女とマリーシャを含めた五人だ。

 うち四人が女性で、男は一人だけ。


 フィオラ王女はいわゆる魔法剣士らしく、剣術に加えて、幾つかの攻撃魔法も習得しているそうだ。その中でも特に電撃の魔法を得意としているとか。


 マリーシャは純粋な剣士。

 ただし簡単な治癒魔法程度なら使えるらしい。


 黒一点の少年の名はノラク。

 パーティの盾役に相応しく、大柄で背も高い。

 ただし見た目の割に意外と小心者のようで、性格的には盾役に向いてなさそうだ。


 ミリアナという名の少女は、罠や敵の探知などに長けたシーフ。

 小柄だがその分、機敏で、また気配を消すのも上手く、戦闘時には敵の攪乱などで活躍している。


 最後に、治癒術師だというサーラ。

 いかにも気の弱そうな少女だが、治癒魔法や補助魔法の腕はピカ一らしい。


 やがて三時間ほどでこの階層を突破し、俺たちは第九層へと辿り着いたのだった。

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