第7話 嫌なら降りてくれてもいいぞ?

 第六層:墓場フロア


 第四層、第五層と比べれは環境的にはそれほど厳しいフロアではない。

 少々薄暗く、澱んだ空気が流れているくらいのものだ。

 だが挑戦者たちに、また違った意味での試練を与えてくれる。


「う~あ~」

「あうああ~」


 醜い呻き声を上げながら近づいてくるのは、人型の魔物――ゾンビ。


 見た目のグロさだけなら、ここまでに遭遇した魔物の中でも随一。

 なにせ肉が腐り、乾き切った血に塗れ、時には眼球が垂れ下がっているのだ。

 あとめちゃくちゃ臭い。


「きゃうんっ……?」

「ぶがうっ!?」


 階段を下りてくるまでは第五層の挽回とばかりに気合が入っていた狼一家だったが、第六層に前脚を踏み入れるや否や、慌てて引き返してしまった。

 嗅覚に優れた彼らにとって、ゾンビの臭いは致命的なのだろう。


 そう、このフロアはアンデッドモンスターの巣窟になっているのである。


 苦手な人間にとっては地獄のようなフロアだ。

 例えばクルシェなんかは見るのも嫌だからと、第五層の段階でもう影の中に潜ってしまっている。


 俺は別にアンデッドが怖い人間ではないのだが、できればこいつらと戦うのは遠慮したい。

 特にゾンビは肉が腐っている点を除けば外見は人間そのものなので、せいで、斬ったり突いたりするのに少なからず抵抗を覚えてしまうからだ。


「……相変わらず精神的にキツイ階層ね」


 アンデッドに強い炎を扱うアリアですら、嫌そうに顔を顰めている。


 ボロボロの墓石があちこちに乱立する中、次々と襲い掛かってくるアンデッドを撃破しつつ、俺たちは腐葉土の上を進んでいく。

 時々足元から飛び出してきたりするので常に警戒は怠れない。


「や、矢が効かないっ!?」

「くっ……」


 エルフ四人衆が相変わらず苦戦している。

 彼らのメインウェポンは弓なのだが、それとアンデッドは相性が悪い。

 たとえ矢が刺さろうが平然と向かってくるからな。


 ただしリューナの扱う疑似神具〝天穹〟は例外だ。

 風を纏うことで圧倒的な破壊力を得た矢は、アンデッドの頭部を丸ごと吹っ飛ばしてあっさりと無力化している。

 まぁ頭を失っても胴体だけでまだ動いていたりはするが。


「浄化結界」


 それからセレスの疑似神具〝月鏡〟も、対アンデッドに絶大な効果を発揮した。

 結界内に閉じ込められたアンデッドたちが、瞬く間に浄化されて消えていく。


 狼一家とエルフ四人衆には期待できないが、アリア、リューナ、セレスの三人に任せておけば問題なさそうだ。


「ララ、大丈夫か?」


 先ほどからずっと俺の背中にぴったりとくっ付いて震えている彼女に声をかける。


「だだだ、だいじょうびゅだっ!」


 どう考えても大丈夫そうではない。

 声だけでなく、ウサ耳もぶるぶると震えている。


 クルシェに負けず劣らず、アンデッドが怖いらしい。


「べべべ、別にぜんぜん怖くなんかねぇし!?」

「だったら何でずっと俺の後ろに隠れてるんだよ……。あ、気を付けろ、足元に頭蓋骨が転がってきたぞ」

「ひいいいいっ!?」


 悲鳴を上げ、俺の背中に飛び付いてきた。


「……嘘だって」

「ぶっ殺すぞ、テメェ!?」


 そんなに怖いなら地上に転移して帰ってくれても構わないのだが。

 いや、今後の利便性を考えれば、できるだけ先まで同行してもらった方がいいか。


 俺はそのままララをおんぶして運ぶことにした。


「あああ、アタシは子供じゃねぇんだぞっ……」

「お前から乗ってきたんだろうが……嫌なら降りてくれてもいいぞ?」

「………………」


 どうやら降りたくはないらしい。



 第七層:草原フロア


 環境的にはこれまでで最も楽なフロアと言ってもいいだろう。

 ただ真っ平らな草原が広がっているだけだ。

 その分、現れる魔物は強力だが、視界が開けているため対処はし易い。


「オオオオオオオオッ!!」

「サイクロプスか」


 雄叫びと地響きを上げながらこちらへと近づいてくるのは、身長五メートルを超す巨人。

 一つしかない目が弱点だが、巨体のためそこまで攻撃を届かせるのが難しい。


「今こそ我らの出番!」

「あの程度の高さ、矢であれば何の問題もありません!」


 エルフ四人衆が威勢よく前に出た。


「ガウガウっ!」

「「「わうーん!」」」


 が、彼らが弓を構えるよりも先に、第五層、第六層の挽回とばかりに狼一家が巨人目がけて駆けていく。

 近くまでいくと、巨人を取り囲むように四方へと散らばった。


「ッ!?」


 突然、巨人の足が地面にめり込んだ。

 いや、クウとその子供たちが一斉に影を展開し、そこへ沈み込ませたのだ。


 巨体が前のめりに地面に倒れ込む。

 そこへすかさず躍り掛かったのがチルだ。


「ガウッ!」

「アアアアアアアッ!?」


 チルの前脚の爪が弱点の目を切り裂き、サイクロプスは苦悶の絶叫を上げる。

 さらに影に捕らわれて身動きを奪われると、懸命な抵抗も虚しく、灰と化して消えていった。


「さすが狼……いつの間にか連携もばっちりだな」





 第七層の安全地帯に辿りついた。

 ダンジョンの外はすでに夜になっているだろう。

 ここでフィオラ王女のパーティと合流する予定だが、彼女たちの到着は明日の朝だ。


「別にわざわざ狭いテントで休む必要はないぞ?」

「ここまで来たんだし、朝までは一緒にいるわ」

「ぼくもぼくも!」


 あとはただ待つだけなので、別に俺一人でも良いのだが。


 結局、アリア、クルシェ、リューナ、セレスの四人は残ることに。

 一方、疲労感の強いエルフ四人衆とララ、それから狼一家の子供たちは屋敷に帰還することになった。


「「「「無念……」」」」


 最後までロクに活躍できなかったエルフ四人衆がかなり悔しそうにしていた。

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