第6話 この犬っころめ
獣人娘たちのせいで予定よりは遅くなってしまったが、無事に第三層の安全地帯に到着した。
今日はここで一泊だ。
「ふにゃ~、ようやく休めるにゃ~」
「こんなに歩いたの久しぶりっす!」
「疲れたです」
「だべ」
「すいません、ララさん。お風呂はないのですか?」
「あるわけねぇだろ。ここはダンジョンだぞ?」
獣人娘たちに割り当てたテントの中から、そんなやり取りが聞こえてくる。
寝る前、俺は彼女たちを集めて告げた。
「明日からはもっと大変になる。魔物も強くなるし、厄介なトラップも増える。特に第四層、第五層は環境そのものが非常に厳しい。今のうちに地上に帰った方がいいだろう」
だが獣人娘たちは首を左右に振った。
「大丈夫ですにゃ! たとえ火の中(にゃか)、水の中(にゃか)!」
「ご主人様が行かれるところ!」
「我らどこでもお供するです」
「だべ!」
なんか勇ましいこと言ってるが本当に大丈夫だろうな?
第四層:氷雪フロア
「やっばり無理でずにゃ~」
「早くがえりだいっずぅ~」
「だべ~」
大丈夫じゃなかったようだ。
ここ第四層は氷と雪に覆われたフロアだ。
極寒の中、足場の悪い道を進んで行かなければならず、第三層と比べると一気に踏破の難易度が上がるため、多くの挑戦者たちが振るいにかけられる場所だった。
「……だから言っただろうが」
鼻水をずるずるさせながら、あっさりとギブアップを訴えてくる獣人娘たちに、俺は嘆息しつつ、
「ララの〈空間跳躍〉で戻れるか?」
「や、やってみないと分かんねぇけど……やってみる」
かなり能力を使いこなせるようになってきたようで、五人くらいなら一緒に飛べるらしい。
身を寄せるように集まってきた獣人娘たちとともに、彼女は一瞬で姿を消した。
少しして、ララが単独で姿を現した。
「無事に連れ帰ったぜ」
「助かった」
本当に何をしにきたんだろうな、あいつら……?
「それにしても便利だな。ララがいれば、いつでもダンジョンの中と外を行き来できるってことか」
「ま、まぁ、一度行ったことのある場所だけだけどよ……」
それでも十分に役に立つ。
各層の安全地帯には転移魔法陣が設置されているが、これは脱出専用なので、逆方向には使えない。
つまり一度外に出てしまうと、わざわざ第一層から踏破し直さなくてはならなくなるのだ。
だがララがいれば、攻略途中の階層から再スタートできることになるし、安全地帯でなくても脱出することが可能になる。
「他の連中はともかく、ララだけは連れてきて正解だったな」
「~~~~っ」
「? どうしたんだ?」
「な、なんでもねぇし!」
なぜか素っ気なく顔を背けるララ。
セレスが彼女の正面へと回り込んだ。
「すごく嬉しそうですね、ララさん」
「ううう、嬉しくなんてねぇし!」
「誤魔化しても頬の緩みでバレバレですよ?」
「うっせぇ!」
一方、エルフ四人衆が集まって何やら言い合っていた。
「主君に褒められるなんて……なんと羨ましい……!」
「しかし現状、我々はただ同行しているだけ……」
「このままではあの獣人娘どもと同様、足手まといの烙印を押されることに……」
「忌まわしきは、あの狼たちだ! 我らの活躍の場を奪いおって……!」
そしてなぜか円陣を組み出して、
「我ら〝ルーカス・ラブ〟! 必ずや主君のお役に立ってみせましょう!」
「「「おーっ!」」」
いきなり大声で叫び出した。
って、まだそのパーティ名を使ってやがったのかよっ!?
と、そのときだ。
雪に身を隠す白い生き物が、チラリと視界の端を過った。
『ふむ、どうやらアイスウルフの群れに囲まれたようじゃの』
アイスウルフは口から冷気のブレスを吐き出す狼の魔物だ。
ほぼ群れで行動しており、単体の戦闘力は大したことないが、一度に襲いかかってこられれば熟練の冒険者でも苦戦する。
エルフ四人衆が勢いづいた。
「チャンスだ! 狩りで鍛えた我らの目ならば、たとえ雪に隠れようが――」
「ワオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!」
突然、チルが大声で咆えた。
ホーリーウルフの彼女はアイスウルフと見た目こそよく似ているが、その体格は二回り以上も大きい。
そんな同族の雄叫びを聞いて、
「「「~~~~~~~~~~~~~~っ!?」」」
アイスウルフたちは恐れ慄いた。
そして一目散に逃げていく。
気づけば群れの気配は完全に消え去っていた。
エルフ四人衆が恨めしげにチルを睨む。
「「「「この犬っころめ……」」」」
「ガウッ!」
「「「「「ひぃっ」」」」
第五層:火山フロア
「あ、あづい……」
ララがウサ耳をぐったり萎れさせながら呻く。
灼熱の溶岩が流れるこのフロアは、歩くだけで体力を奪われ、第四層以上に過酷な環境だ。
「ワウ……」
ここまで大活躍していたチルもさすがにこの暑さには耐え難いようで、舌をだらんと垂れ下げ情けない顔をしていた。
クウと子狼たちは影に潜ってしまっている。
どうやら影の中だと涼しいらしい。
「い、犬ころどもがいない今がチャンス……」
「今度こそ、我ら〝ルーカス・ラブ〟の力を……」
代わりにエルフ四人衆が気合を入れ直しているが、やはり辛そうだ。
しかも現れる魔物もこれまでより強くなっており、例えばフレイムエイプという全身が常に燃えている猿の魔物は、危険度Bに迫る。
こいつも群れ単位で襲い掛かってくる厄介な相手だ。
「くっ……矢が当たらない……!」
「おのれ、ちょこまかと……っ!」
暑さで集中力を欠いたエルフ四人衆の手には余るようだ。
「はぁっ!」
「ウキィッ!?」
「でやっ!」
「ウギィッ!?」
代わりにクルシェがフレイムエイプたちをぶっ飛ばしてくれた。
涼しい顔をしているのはアマゾネスの人間離れした熱への耐性のお陰だ。
ちなみにアリア、リューナ、セレスも平然としている。
アリアは〈炎熱支配〉で、リューナは〈気流支配〉で、それぞれ周囲の熱を防いでいるのだろう。
セレスは〈万能結界〉を展開しているからだ。
俺もこっそりそこに入れてもらっていた。
結界の中は涼しくて快適である。
「ララとチルも結界に入れてやれるか?」
「はい。そのくらいの大きさであれば」
「た、助かるぜ……」
「ワウ!」
チルの背中に俺、セレス、ララが乗り、全体を取り囲むように結界が広がった。
エルフ四人衆が縋るような目を向けてくる。
「「「「わ、我々は!?」」」」
「ガルアッ!」
「「「「ひっ!」」」」
どうやらチルに嫌われたようだ。
四人には頑張って暑さに耐えてもらおう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます