第5話 遠足じゃねぇから
フィオラ王女のパーティとは、ダンジョン内で合流することになった。
場所は、以前、彼女を救出した第八層の古城フロアの手前、第七層の安全地帯である。
俺が先んじてダンジョンに潜っておき、後から彼女たちがやってくる手はずになっている。
その辺りの打ち合わせについては、傍付き騎士のマリーシャとの間で行った。
仕えている主人は少々アレだが、彼女の方は常識人なのでありがたかった。
その際に一応、王女の様子を窺ってみたのだが、あれ以来、明らかに魂が抜けたようになっているらしく、今回のダンジョン攻略が非常に不安な状態らしい。
「俺がパーティのサポートに入って大丈夫なのか……?」
「……分かりません」
いきなり背後から斬りかかられたりしないだろうな……?
クルシェが女なのも、彼女が男だと勘違いしていたのも、俺のせいじゃないぞ。
まぁそれを知った後も黙っていたのは悪かったと思うが、もっと早くに伝えていところで一緒だったような気もする。
いずれにしても、今さらキャンセルすることなどできるはずもなく。
俺は約束通り彼女たちより先にダンジョンに潜り始めた。
……のだが、なんか色々と付いてきてしまっていた。
「どうせ合流は後からなのでしょ? だったらそれまで一緒に居てもいいじゃない」
「だよね。第七階層まで行こうと思ったら、二日はかかるし」
「私はぜひ一度ルーカス殿とダンジョンに潜ってみたいと思っていた」
「あ、アタシは別に付いてくる気はなかったんだけどよっ!」
「その割にララさん、誘ったときは嬉しそうに耳が動いていましたよね?」
「ななな、んなわけねぇし!?」
アリア、クルシェ、リューナ、セレス、ララの眷姫たち。
ま、まぁ、百歩譲って彼女たちは良しとしよう。
問題はこいつらだ。
「ついに我らの成長をルーカス様にお見せするときがきました!」
「ルーカス様に認めていただく絶好のチャンスです!」
「「そして我らも眷姫に……」」
なぜかエルフ四人衆までいた。
「……絶対に酒を飲まないように気をつけよう」
俺は固く誓った。
「ワウワウ!」
「わう!」
「わうわう!」
「ばうん!」
「わおーん!」
「……くう」
しかも我が家の狼一族まで同行している上に、
「世界最大級と言われているダンジョン、楽しみですにゃ~」
「何だか遠足みたいでいいですね」
「ですです」
「だ、だげど、おら、ちょっと緊張してきたべ……ダンジョンはどえらい危険なとこやって、おっとさんが言っとたで……」
「大丈夫っすよ! 何かあったらご主人様たちが護ってくれるから心配ないっす!」
獣人娘たちも勝手に付いてきていた。
少し前までは屋敷でぐうたらしていたのに、冒険者を始めてから随分とアクティブになったらしい。
「てか、大所帯過ぎるだろ! あとこれは遠足じゃねぇから!」
総勢十五人と六匹である。
イレイラとメイドたちを除く屋敷の住人全員だ。
「……どうしてこうなった?」
ともかく俺はかつてない大所帯を率いてダンジョンを進むことになってしまった。
すでに何度か通った道なので、今さら迷うことはない。
ところで今回初めてこのダンジョンに潜った連中もいるので、各階層のことを軽くおさらいしておこう。
第一層:迷宮フロア
その名の通り、非常に迷い易い迷路構造になっているフロアだ。
ただし第一層ということもあってすでに何度も踏破されており、完璧な地図が出回っているので、今やここで遭難する挑戦者はほとんどいない。
俺はもうルートを暗記しているので、地図を見る必要すらなかった。
出現するのはゴブリンやコボルトといった低級の魔物。
エルフ四人衆はもちろん、戦闘向きの種族ではない獣人娘たちであっても余裕を持って倒せる程度である。
「た、大変っす! チワがいないっす!」
「なんで迷子になってんだよ……」
幸い狼一家が匂いを辿ったお陰で迷子犬はすぐに見つかった。
「申し訳ないです。ついはしゃぎ過ぎてしまったです」
第二層:森林フロア
広大な森が広がっているフロアで、オークやトレントといった魔物が出現するほか、ホブゴブリンを中心に形成されたゴブリンの群れに遭遇することもある。
茂った木々のせいで見通しが悪く、不意打ちに気を付けなければならない。
「わうわう!」
「わおーん!」
今回は嗅覚に優れた狼たちがいるので魔物の接近は簡単に察知できた。
「森で生きてきた我らのお株を奪われた……っ?」
「くっ、負けてはいられませんっ!」
エルフ四人衆が対抗心を燃やしているが、さすがに狼たちには敵わないようだ。
あと、匂いを嗅ぐだけで身体が痺れてしまう花や、触れただけで身体が痒くなったりする草が生えていることもあって、それらが地味に鬱陶しいフロアでもある。
「ふにゃあ!?」
「キナっ?」
いきなり猫人族のキナがばったりと倒れ込んだので驚いた。
どうやらまさにその痺れ花にやられてしまったらしい。
「い、良い匂いがしそうな花にゃと思って、近づいて匂いを嗅いでしまったにゃ……」
「獣人のくせに野性が足りないんじゃないか……?」
狼一家はちゃんと危険を察知しているようで、そうした花や草はちゃんと避けているというのに。
第三層:洞窟フロア
薄暗い洞窟が続くフロアだ。
第一層と並んで構造が複雑で、時々、遭難して命を落とした冒険者の白骨死体が見つかることもある。
出現するのはオーガやトロルといったやや大型の魔物や、キラーアントという蟻の魔物。
一説によれば、稀にそのキラーアントが壁に新たな穴を掘り進め、洞窟が拡張されることがあるとか。
俺とアリアが入学試験の際に苦戦したフロアでもあるが、今はもう大して苦もなく踏破することができる。
「うきゃあああっ!?」
「エンエが落とし穴さ落ちてしまったべ!」
こいつらほんと、何しに来たんだ?
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