第4話 手を出したりしたら承知せぬぞ

「最近、西方統治を任せたはずのフーゼルが、ますます力を付けておってな……。このままでは王位を奴に継承することになりかねない状態なのだ」


 王様は苦々しげに語った。


 フーゼルとは第一王子のことである。

 どうやら世間で言われている通り、やはり王様は息子よりも娘のフィオラのことを寵愛しているらしい。


「だからこそ、フィオラにはフーゼルに負けぬ才覚があることを証明してもらわねばならぬ」


 そのためにダンジョン攻略は打ってつけなのだという。


 建国当初からこの世界最大級のダンジョン――セランド大迷宮の開拓に力を入れてきたこの国において、最高到達記録を塗り替えることは、戦争での勝利にも並ぶ功績として尊ばれてきたからだ。

 過去の為政者たちも己の武功を示すため、ダンジョンに挑戦してきた。


 そして数年前、当時まだ騎士学院の生徒だったフーゼル王子が、長らく誰も突破できなかった第十二層をついに攻略し、第十三層に到達したらしい。

 幼い頃から聡明で知られていた王子に優れた武功までもが加わったのだから、将来的な彼の王位継承は疑う余地もないものとなった。


 ……妹のフィオラ王女がいなければ。


 王国一の美貌を誇り、兄に負けない聡明な彼女の存在が、国を二分させることになってしまったのである。


 武の王子。

 美の王女。


 第一王子で年長者である王子。

 現国王からの寵愛を受ける王女。


 しかし現状では先ほど王様が言っていた通り、西方で着実に力を増しつつある王子が優勢。


「ここでもしフィオラが十三層を攻略してくれれば、その武功はフーゼルのそれに匹敵するものとなる。間違いなく状況は逆転するであろう」


 ……で、俺にその協力をしろと?


「お、お言葉ですが、陛下。俺なんかよりも王宮の騎士を動員した方が確実では……?」

「それではダメなのだ。フィオラにはフーゼルと同じく、騎士学院の生徒として第十三層を攻略してもらわねばならぬからだ」

「……すでに卒業したのでは?」

「う、うむ、確かに正式にはそうだが、今なら在学中と言っても構わぬだろう」


 まぁつい先日のことだしな。


「ですが、それなら在学時のパーティだけで挑戦しなければならないのでは?」

「その通り。だからこそサポートを大勢つけるわけにはいかない。ゆえに個人で強力な戦力を持ち、しかも騎士学院の生徒でもあるお主こそが、この役目に打ってつけだと考えたのだ」


 ……さいですか。


 つーか、そもそも俺のことをそんなに過信されても困る。

 第十三層どころか、まだ第八層までしか潜ったことがないし。


 それにあのフィオラ王女だろ……。

 クルシェを挟んで俺とは敵対していた間柄だ。

 いやあくまで向こうの一方的なものだが。


 そのクルシェが女だと知ってショックを受けているに違いないし、それをずっと隠していた俺に対して以前よりも好意的になっていることなど、まずあり得ない。


 そんな俺の内心など知る由もないだろうが、王様は有無を言わさぬ雰囲気で、


「やってくれるかの?」


 ――嫌です。

 ときっぱり言ってやりたいところだったが、さすがに王様から直々に依頼されては断れるはずもない。


「は、はい。分かりました。お任せください……」


 俺は仕方なく頷いた。

 すると王様は「おお、そうか、お主ならそう言ってくれると思っていた」と破顔してから、急に低い声音で、


「無論、幾らフィオラが可愛いからと言って、手を出したりしたら承知せぬぞ?」


 出さねーよ。






「ということは、ルーカス様お一人で同行されるということですか?」

「そういうことになるな」


 セレスの問いに、俺は苦々しく応える。


 王様が帰った後。

 屋敷へと戻った俺は、眷姫たちに王様から命じられた任務について話した。


 極秘とのことだったが、彼女たちに伝えるくらい問題ないだろう。

 念のため誰にも話さないようにと、念を押しておく。


「攻略にどれくらいかかるか分からないが、少なくとも一週間はいないと思ってくれ」

「一週間……まぁ仕方がないわね、王様からの直々の御命令とあっては。断るわけにもいかないし」


 アリアが理解を示してくれる。


「私は一週間もルーカス殿がいないなど耐えられない。一緒に行こうと思う」

「いや、だからリューナ、それは無理なんだって」

「クルシェ殿の影に潜めばいい」

「以前、五分も潜ったら死にそうになってたよな?」


 そのときのことを思い出したのか、リューナは「むぅ」と唸って少しだけ眉を寄せた。


「じゃあ、ぼくだけなら影に隠れて……」

「確かにずっと潜っているだけだったらいいかもしれないが……出てきたら最後、フィオラ王女と鉢合わせることになるぞ?」

「そ、それはごめんかな……」


 あれ以来一度もフィオラ王女に会っていないようだが、あんなことがあったわけだし、できれば顔を合わせたくないだろう。


 と、そこでリューナが何か閃いたらしく、


「ララ殿の〈空間跳躍〉を使えば、いつでも戻ってこれるのではないか?」

「いや、アタシが一度でも行った場所じゃねぇと飛べねぇんだって」


 妙案とばかりに告げたリューナだったが、ララがあっさりと首を振って否定した。


「一週間ぐらい我慢してくれ……」

「仕方がない。ならば帰ってきてからその分、しっかりと可愛がってほしい」

「ぼ、ぼくもっ」

「わたしも期待しているわ?」

「で、ではっ、わたくしもお願いしますっ」

「あああアタシは別に期待なんてしねぇからなっ!?」

「わ、分かった分かった。だから大人しく待っていてくれ」

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