第3話 これから仲良くやろうぜ

 クルシェが卒業によって退去してしまったので、213号室は俺一人になった。

 はずだったのだが。


「……ん? Aの方の個室に誰かいる?」


 クルシェが使っていた、今は空っぽの部屋の中から物音が聞こえてくる。


「もしかして新しい入居者か?」


 そのうち新入生が入ってくるが、しかしそれはまだもう少し先のはずだった。

 入学試験はちょうど一次試験が開始したばかりだ。


 物取りというわけでもないだろうし……。


 そのときドアが開いて、見たことのある顔が現れた。


「っ……よ、よう、久しぶりだな、おっさん」


 俺に気づくと、向こうからぎこちなく声をかけてくる。


 いかにも貴族のボンボンといった雰囲気の恰幅の良い少年。

 確か何とか伯爵家の次男だったか。


「何でお前がここにいるんだよ、ゼオン?」


 俺が名前を呼ぶと、ゼオンは嬉しそうにちょっと頬を赤らめる。


 おい、何だその背筋がぞっとするような反応は……って、そうだった。

 あまりの悍ましさに記憶の奥底に封印していたが、こいつはどういうわけか、俺に惚れてやがったんだった。


 だいたいクルシェと同じ学年なので、卒業したはず――


「そ、卒業試験に失敗してしまってよ……もう一年、やり直すことになっちまったんだ……」


 俺の疑問を察したのか、ゼオンはバツが悪そうに言う。

 しかしその割にあまり悲観的には見えない。


「これでもう一年、あんたと一緒に学院に通えるな……へへ……」


 ぞぞぞぞ、と悪寒が背中を駆け上がった。


「もしかしてお前、こっちの部屋に……」

「ああ、ちょうど空いたって聞いたから、転居させてもらったんだ……」


 不気味な笑みを浮かべて、当然のことのように明かすゼオン。

 そして握手をするつもりなのか、無駄な脂肪で覆われた手を差し出してきた。


「同学年の同部屋同士……これから仲良くやろうぜ……?」


 俺は即行でこの部屋を出ることを決意した。






 幸いすぐに新しい部屋を用意してもらえた。

 しかもフィオラ王女が使っていたような特別室だ。

 国内外の王族や一部の上級貴族くらいしか利用できないそうだが、俺は辺境伯自身ということもあって、こんな豪華な一室を与えられてしまったのである。


 ……正直、普通の部屋の方がよかったのだが。

 どのみち夜は屋敷に戻るわけだし。

 いや、そうなるとまたゼオンのやつが移ってくるかもしれないので、それはそれで困る。


『それにしてもあの男、しばらく見ぬ間に随分と熟成が進んでおったのう……』


 むしろ嬉々として喜びそうなウェヌスが、何とも嫌そうに溜息を吐く。


『いや、確かに我はBLも嗜む淑女じゃが、ただしイケメンに限るからのう』


 お前ほど淑女という言葉からかけ離れた存在はいないだろ。

 じゃあ何と言えばいいかと聞かれると困るが……。


『ならば腐女子と呼ぶがよいぞ! 腐(フ)、腐(フ)、腐(フ)……』


 なんだそれは……?


 まぁそれはともかく。

 この特別室には侍女用の小部屋まで用意されていた。


「ご安心ください、ご主人様! このイレイラ=カリューン、これからもしっかりとお世話をさせていただきます!」


 イレイラが気合たっぷりにそんなことを宣言してくる。


 この学院の二年生だった彼女も無事に卒業したのだが、なんと内定していた王宮の文官職を蹴ってまで、俺のメイドを続けることにしたらしかった。

 そもそも雇った覚えはないんだけどな……?


「ここなら住み込めるのでとてもありがたいです! 女子寮の部屋はもう退去しちゃいましたし、これから学院でのお世話をどうしようかと困っていたところだったんですよ!」

「そうか……」


 まぁ本人がやる気満々だし、もはや俺は受け入れるしかない。

 こいつ言っても全然聞かないし。俺が主人じゃねぇのかよ。


 そのとき、チリチリン、とドアに設置してある呼び鈴が鳴った。


「はーい!」


 イレイラが陽気に返事しながら出ていった。


「ごごご、ご主人様っ! 大変ですっ」


 なぜかやたらと慌てた様子で戻ってくる。


「こ、国王陛下がいらっしゃっています!」


 ……は?






 国王フェルナーゼ三世が本当に部屋に入ってきた。


 しかしその格好は王宮で謁見したときとはまるで違い、ごく普通の(といっても貴族基準だが)服装だ。

 恐らく注意してみなければ王様本人だと気づけないだろう。

 しかも護衛らしき従者を一人連れているだけ。


「突然押しかけてすまぬの」

「い、いえ……。ですが、一体何の御用で……?」

「うむ。実はお主に頼みたいことがあっての」

「それなら王宮に呼び出していただければ……」

「いや、誰にも知られたくない話なのだ」


 どうやらお忍びで来たらしい。

 わざわざそんなことまでして俺の元まで訪ねてくるなど、よっぽどのことに違いない。

 俺は思わず唾液を呑み込みながら、王様の話に耳を傾けた。


「実は数日後、フィオラがセランド大迷宮の未到達階層に挑むことになったのだ」

「未到達階層……?」


 セランド大迷宮にはこれまでに幾多の強者たちが挑んできたが、未だ誰一人として攻略を果たせていない未攻略ダンジョンだ。

 今のところの最高到達地点は、第十三層のほんの入り口までだという。


 ちなみに俺は第八層の古城フロアが最高地点。

 ちょうどフィオラ王女を救出した階層だ。

 色々あってしばらく潜ってないしな……。


「ルーカス卿。神剣の使い手であるお主の力を見込んでの頼みだ」


 王様は言った。


「フィオラのパーティに同行し、その攻略をサポートしてほしい」


 ……嫌です。

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