第2話 証拠を見せればいいわけじゃの

 王国随一の美貌と謳われる王女殿下がこちらへと歩いてくる。

 背後には彼女の傍付きの騎士であるマリーシャが、少々呆れた顔で付き従っていた。


 フィオラ王女は、ちょうどクルシェを挟んで俺と対峙するように立つと、対抗心に溢れた視線を俺に投げてから、


「クルシェさま」

「え、えっと……」

「あたくし、ぜひあなた様に、あたくし専属の騎士になっていただきたいと思っていますの」


 これが最後のチャンスとばかりに、いつになく強い口調でクルシェを勧誘する。


「もちろん給金は弾みますわ! これでも王女ですもの! そこの名ばかり辺境伯などより遥かに好待遇でお迎えいたしますの!」


 求愛が失敗したからか、今度は金をチラつかせてきたぞ。


 しかし生憎とクルシェは待遇など興味がない。

 きっぱりと告げた。


「ごめんなさい、フィオラさん。ぼくはあなたの騎士にはなれない」

「っ……」


 息を呑む王女。

 その宝石のような瞳に、見る見るうちに涙が溜まっていき、


「ど、どうして……どうしてですのっ!? なぜあたくしよりその男を選ぶんですのっ? どこにでもいるような冴えない中年男の、一体どこがいいんですのっ!?」


 悪かったな、どこにでもいるような冴えない中年男で。

 まぁ間違ってはいない。


『そんなことないわ、ルーカス。あなたはとても素敵な人よ?』

『お、おう……』


 念話越しのアリア言葉に思わず顔を赤くするおっさんである。


「それともっ……やはり女ではダメですのっ!?」

「……フィオラさん」


 クルシェは何かを決意したように真っ直ぐ王女を見詰める。


 確かに潮時だろう。

 学院も卒業したわけだし、王女からの熱烈なラブコールを避けるためには真実を伝えるのが一番手っ取り早いはずだ。


「ぼく、本当は――女なんだ」

「……へ?」


 何を言われたのか分からなかったのか、呆けたように声を漏らすフィオラ王女。

 クルシェは申し訳なさそうな表情を浮かべつつも、もう一度はっきりと言う。


「ぼくは女なんだ。アマゾネスの古いしきたりで、若い頃は男のフリをしていなくちゃいけなくて。だからずっと性別を偽って学院に通っていたんだ」

「そ、そん、な……う、嘘……嘘ですわよね? こんなときに冗談はやめてくださいませ……」


 王女は縋るように問うが、クルシェは首を振って、


「嘘じゃない。本当にぼくは女なんだ。だからあなたの気持には応えられない」

「……う、嘘……嘘ですわ……」


 王女は愕然として後ずさる。

 ふらついた足取りに、マリーシャが慌てて後ろから支えた。


 しかし王女はすぐに気を取り直すと、


「し、信じませんわっ! クルシェさまが女性だなんて……っ! 絶対に信じません!」


 頑なにそう主張し始めた。

 いや、信じたくないのは分かるが、本人がそう言ってるんだから……。


「ふむ。ならば証拠を見せればいいわけじゃの!」

「え?」


 いつの間にかウェヌスが人化し、クルシェのすぐ傍に立っていた。

 一体何をする気なのか、クルシェのズボンに手をかけていて――


 お、おい、まさかっ……?


 ――ズルッ!


 次の瞬間、クルシェのぷりっとしたお尻が俺の目の前に顕現していた。


 アホ剣がズボンどころか、パンツまでズリ下げやがったのだ。


 クルシェと向き合っていた王女は、必然的に前部の方を見ることになって。


「きゃあああああっ!?」


 甲高い悲鳴を上げ、咄嗟に顔を覆い隠す王女。

 だがその指と指の隙間からはしっかりと見開かれた目が覗いていて、思いきりクルシェの股間部分へと視線を注いでいる。


 王女の背後にいたマリーシャは即座に顔を逸らしたが、間違いなく横目で見ていた。……どいつもこいつも。


「ふぎゃああああああああっ!?」


 一瞬遅れて、クルシェが下半身を手で必死に隠しながら絶叫を轟かせる。


 俺はアホ剣の首根っこを掴んで近くに引き寄せた。


「おい、何をやってんだ!?」

「別にええじゃろ、相手は女なのじゃし」

「そういう問題じゃねぇだろ! ……言い残したことはあるか?」

「うわ~ん、助けて~、このおじちゃん、幼児虐待じゃ~~~~っ!」


 子供は「じゃ」なんて言わん。


「……つ、ついて、いない……?」


 王女はわなわなと震える唇で喘ぐように己の見た真実を口にする。


「……う、うん、まぁ、見ての通りだよ……」


 涙目でズボンとパンツを引き上げながら、クルシェは色々と諦めたような顔で頷く。


「そ、そんな……」


 それでもまだ信じられないのか、王女はいやいやをするかのように首を振る。

 そして急に踵を返すと、逃げるように走っていった。

 ……一瞬、その瞳から雫が零れ落ちるのを俺は見た気がした。


「殿下!」


 マリーシャが慌ててその後を追いかけていく。


「……仕方がない。遅かれ早かれ、必要なことだったしな」


 痛ましげにそれを見ていたクルシェの肩に手を置き、俺は慰めの言葉をかける。


「う、うん……でも、ぼくが性別を偽ってさえいなければ……」

「そしたら俺たちの今の関係もなかったかもしれないだろ?」


 クルシェが驚いたような顔をして俺を見てくる。


「そうだね、うん。それは嫌だよ。……えへへ」


 俺の言葉が嬉しかったのか、表情を緩め、身を寄せてきた。

 よしよし、と頭を撫でてやる。


「……それはそうと」


 不意に声を低くして、クルシェが俺から離れた。

 それからゆらりと殺気を立ち昇らせ、


「ウェ~ヌ~ス~?」


 さすがのクルシェもさっきのことは我慢がならなかったらしい。


「ひぇっ? お、お陰で手っ取り早く話が済んだじゃろうが!」

「だからって、こんなところで下半身丸出しにされたくなんかない!」

「なかなかスリルと解放感があって興奮したじゃろ?」

「ぼくはそんな変態じゃないから!」


 クルシェは容赦なくウェヌスへと躍りかかった。


「うぎゃあああっ!?」


 ウェヌスの自業自得な悲鳴が轟いた。

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